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ル・マン/WEC ニュース

投稿日: 2018.10.11 08:00
更新日: 2018.10.10 17:42

ル・マン24時間:あの日、トヨタのピットで何が起きていたのか。「3分前の悲劇」を振りかえる

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ル・マン/WEC | ル・マン24時間:あの日、トヨタのピットで何が起きていたのか。「3分前の悲劇」を振りかえる

 2年前、2016年のル・マン24時間レース終盤、トップを快走しながらも中嶋一貴の「No Power!」という悲痛な叫びとともにスローダウン、勝利を逃してしまったトヨタ。当時、トヨタのピット内で“悲劇”の現場を目の当たりにしたジャーナリストの古賀敬介氏が、そのときの生々しい状況を回想する。

* * * * * * *

「では、そろそろ行ってきます」

 レース終了の午後3時まであと約20分。24時間以上を過ごしてきたプレスルームには、取材の人々の疲れが重い霧のように充満していた。
 
 だが、日本人メディアが机を並べる島だけは、華やいだ雰囲気が漂っていた。5号車トヨタTS050ハイブリッドを駆る一貴は、約30秒後方の2号車ポルシェ919ハイブリッド、ニール・ジャニとのギャップをしっかりとコントロールし、確実にゴールに近づいている。
 
 ついにトヨタが、一貴が初めてル・マン24時間を制するのだ。その大切な瞬間に立ち会うという喜びは、メディアとして冷静さを保たなければならないとは理解してはいても、やはり抑えることができない。
 
 最後まで何が起こるか分からないのがル・マン。だから、ギリギリまでモニターで日独2車の戦いを注視し続けたのだ。
 
 しかし、さすがにもう大丈夫だろう。勝利に沸くトヨタのピットで、長きに渡り苦汁をなめ続けてきた人々が、喜びを爆発させるその瞬間をカメラに収めようと、席を立った。
 
 ピットレーンの入り口は混乱を避けるため閉鎖されており、僕は観客に混じりゲートが開く瞬間をわくわくしながら待っていた。トヨタTS050ハイブリッドがメインストレートを通過する度にグランドスタンドから大きな歓声が巻き起こり、トヨタを応援する旗が左右に大きく振られた。
 
 どうやらポルシェ2号車はパンクで緊急ピットインし、差は1分以上に広がったようだ。僕はトヨタと一貴の勝利を確信し、カメラにメモリーカードがちゃんと入っていることを確認し、シャッタースピードを決めた。優勝後のピットは大変な騒ぎになるだろうから、きっと短いレンズの方が使いやすいだろう、などと考えていた。
 
 風が止まった、ような気がした。

 つい1分前までサーキットを支配していた明るいムードが突然失われた。「トヨタ! トヨタ!」と絶叫するフランス語の場内実況は、たとえ意味は分からなくとも、それが異常事態を伝えるものだと理解できた。
 
 その瞬間、グランドスタンドでポルシェの旗が勢いよくひるがえり大きな歓声が上がった。と、同時に広がる地鳴りのような絶望の溜息。自分の身体から、スーッと熱が失われていくのが分かった。トヨタに、一貴に何か良くないことが起きたに違いない。

 やがてゲートが開かれると、そのすぐ横にあるトヨタのピットは騒然としていた。ある者は大きくうなだれ、ある者は生気なく呆然と宙を見ている。そしてほとんどの人が、激しく肩を震わせながら涙を流していた。
 
 やはり一貴の5号車が止まったのだ。いったいなぜ? どうして? 激しく混乱しながらもあわててファインダーに目を押しつけ、夢中でシャッターを切った――。

* * * * * * *

『TOYOTA×Le Mans 24h トヨタ ル・マン挑戦の軌跡』

 ホームストレート上にマシンを停めた一貴は、やがてヘルメットを被ったままピットに戻ってくると、古賀氏の目の前を通りすぎ、ピットの奥に向かっていく。その直後、古賀氏はシャッターを切ることができなくなってしまったという。
 
 その理由やピット内の悲劇的状況、そしておよそ60分後に叶った一貴のインタビュー時の様子など、いちジャーナリスト視点での2016年ル・マン24時間の回想録は、10月11日(木)発売『TOYOTA×Le Mans 24h トヨタ ル・マン挑戦の軌跡』に掲載しています。

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