すべてが完璧だった。『その瞬間』までは。
全日本スーパーフォーミュラ選手権第2戦鈴鹿、福住仁嶺(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)は走り始めのフリー走行から一貫して速く、土曜日は予選を含む全セッションでトップタイムをマーク。自身初のポールポジションを参戦20戦目で遂に獲得した。
クルマはほぼ完璧に決まっており、セッティングをほとんど変えずにQ3まで進んだ。
「クルマは良く、走りだけに集中できる環境が整っていました」と笑顔の福住。しかし、初ポールの喜びを爆発させるシーンは見られなかった。
「はしゃぎ過ぎると恥ずかしいなと思っただけで、めちゃくちゃうれしいです。スーパーGTと違い、自分とエンジニアさんが作ったクルマでのポールなので尚更です。ただ、まだ決勝では勝ったことがないので、すぐに明日の決勝のことを考えていました」
テレビ中継のマイクが向けられ「いまの喜びを誰に伝えたいですか?」と聞かれた際は、少し間をおいて「ファンのみなさんと家族に」と答えた。おそらくインタビュアーは、新婚の福住に「妻に」と言わせたかったのだろう。
「そういうとほかのコたちに怒られちゃいますから」と福住はニヤリ。「いま、ウチには『ちくわ』と『つくね』という2匹のネコもいるので」
そんなジョークがさらりと出るほど、予選後の福住は自然体だった。家族が増え心休まる場所と時間ができたことに加え、今年からパーソナルトレーナーが帯同し、身体と気持ちのメンテナンスがきちんとなされていることもその理由に違いない。いずれにせよ、今年の福住にはこれまで以上の落ち着きと、前向きさが感じられる。
福住に次ぐ予選2番手は、開幕戦の勝者である野尻智紀。コンマ2秒離され「今週、福住選手は微妙に手が届かないところにいる」と感じたという。それくらい、鈴鹿に入ってからの福住は安定して速かったのだが、対照的に野尻の走り始めはいまひとつだった。
TEAM MUGENの一瀬俊浩エンジニアは「持ち込みは大外しだったと思います。オンボード映像を見ていたら、全然狙った動きをしていなかった。飛び込みでリヤがなく、ミッドまでいくとアンダーみたいな、典型的な悪い動きのクルマでした。前戦富士の延長線上で、今年仕様のセッティングでいこうとしたのが良くなかったですね」と、フリー走行を振り返った。
トップタイムの福住とは1秒以上の大差。そこで、野尻とチームはセッティングをガラリと大きく変えた。具体的には、昨年まで積み重ねてきた、実績のある方向に戻したのだ。
「最初はアンダーもオーバーも出て一貫性がない動きをしていたので、それをまずオーバー方向だけに集め、そこからリヤをつけていきました。SF19は、とにかく曲がっていかないと話にならないので」と野尻。
一瀬エンジニアは「オーバーがいいとは思っていませんが、SF19はミッドで回頭性を出そうとすると、なかなか全車速できれいにバランスをとるのが難しい。だから、エントリー側は少しオーバーステアでもミッドで曲がるクルマを目指していますし、とくに鈴鹿は曲がるクルマじゃないと勝負にならないので。野尻選手はうまく乗りこなしてくれています」と補足する。
戻る場所があればこその、今後の進化も見据えた攻めのセッティング。結果的にはうまく機能しなかったが、次戦以降に向けて貴重なデータが得られたという。いずれにせよ、最悪の状況からでも挽回できる『底力』が、野尻とTEAM MUGENのクルマにはあった。
ただし、福住の予選オンボード映像を見て、一瀬エンジニアはショックを受けたという。
「エントリーではしっかりとリヤがあって、ミッドも曲がっている。基本的にはオンザレールでステアリングを切って曲がっているのですが、自分たちのクルマであそこまで舵角をつけてしまうと、かなりアンダーになってしまいます。自分たちとはまったく違う動きをしていましたが、野尻選手も本当はああいう走り方をしたいはずです」