レースを愛してやまないファンの方々へ
autosport web Premiumが登場。

詳細を見る

F1 ニュース

投稿日: 2021.11.18 14:52
更新日: 2021.11.18 15:00

【中野信治のF1分析/第18&19戦】トップバトルで見せるハミルトンの余裕と風格。言葉で戦うチーム代表の攻防

レースを愛してやまないファンの方々へ
autosport web Premiumが登場。

詳細を見る


F1 | 【中野信治のF1分析/第18&19戦】トップバトルで見せるハミルトンの余裕と風格。言葉で戦うチーム代表の攻防

 いずれしても、今回はメルセデスのいつもとは違うアプローチは僕にとって本当に印象に残りました。今後残り3戦、フェルスタッペンとのチャンピオン争いにおいて、今回のアプローチが何か大きなポイントになるかもしれません。もしメルセデスが本当に新しいアプローチを試していて、それがブラジルでピタッと合ったのだとしたら、メルセデスの引き出しが増えたことは間違いないでしょう。今年はメルセデスとレッドブルで合うサーキット/合わないサーキットが別れていますが、今回の件で合うサーキットの幅がメルセデスに広がったように今回は見えました。

 ですので、今回のハミルトンの活躍を見ると、本当に今シーズンのターニングポイントになってもおかしくないような感じがします。チャンピオンシップに向けて負けられない一戦でパワーユニット交換で5グリッド降格ペナルティ、それにプラスして予選後にリヤウイングのDRS規定違反が見つかり、予選スプリントレースでは最後尾になるという絶望的なところに追い込まれてしまいましたが、今回ハミルトンに運があったのはスプリント予選方式だったことです。そこで5番手まで追い上げることができ、決勝ではペナルティで10番手スタートでしたが、決勝で最後尾スタートだったなら、勝てたかどうかは分かりません。

 今回に関してはスプリント予選があり、またそこで今年のハミルトンらしく本当に冷静に追い上げていきました。決勝でもそうでしたが、本当に確実にハミルトンはオーバーテイクをしていきます。すごく焦る場面のはずなのに、焦らずに我慢して、決勝に関しては2番手に上がった際、トップのフェルスタッペンの抵抗を軽くいなしている感じがしました。さまざまなブロックを見せて抵抗するフェルスタッペンに『はいはいはい』という感じで淡々と対応して、まったく誘い水に乗らなかった。その冷静なハミルトンの強さ、風格みたいなものを見ました。

 ハミルトンの強さは今回、無線でも感じられました。追い抜きに行ったハミルトンがフェルスタッペンと並走してターン4に入ってアウト側のハミルトンが押し出されるように2台が飛び出した後、FIAの『調査の必要なし』という報告を無線で聞いた時もハミルトンは『オフコース!(もちろんそうだよね!)』と皮肉を言う余裕がありましたよね(苦笑)。

 メンタルコントロールがうまいといいますか、あれがハミルトンだなと。以前は声を荒げるシーンもありましたが、レースを戦っていくなかでシーズン中に1回や2回、声を荒げることは当然あります。ハミルトンの今の強さは一番慌てる場面で慌てないことです。そのメンタルの強さ、そして相手の誘いに乗ってこない・乗らないという強さで素晴らしい戦いっぷりでした。

 【動画】フェルスタッペンとハミルトンの首位対決と無線ダイジェスト

 クルマを降りてからのコメントも、チーム、家族、ブラジルのファンに謙虚に感謝を伝えて「レースは決して最後まで諦めてはいけないを改めて感じさせた」という内容で、素晴らしかったですね。近年のハミルトンは相手を讃えるとき、自分の何かを認めるときも、すべて相手目線でコメントをしています。今回はブラジルに対するリスペクトを含めて国旗を持ってウイニングランを行うなど、みんなの心をがっちり捕むという、今シーズンだけではなく、ハミルトンはここ数年ずっとやってるのですが、とにかく周りを味方につけていくのが本当にうまくて余裕があります。

 実績あるレーシングドライバーにとって、余裕はすなわち、強さになります。フェルスタッペンの若さと勢い、才能に対して、スピードという部分では一番キレッキレのときからは若干落ちているとは思いますが、それをカバーして余りあるぐらい、年齢を重ねていろいろなことを受け止めて周りを動かす方法を学んだハミルトンとの対比が、本当にちょうどいいバランスになっています。

 今回のブラジルGPでは、まさにそのハミルトンの現在の魅力が見どころとなりましたし、これで本当にチャンピオンシップ争いが面白くなりましたね。メキシコ〜ブラジルGPでフェルスタッペンの流れができるのかなと思いましたが、まさかこんな……ハミルトンはスプリント予選と決勝で合計25台抜きをして勝ってしまったわけですので、まさに『ハミルトン劇場』といったレースになりました。

2021年F1第19戦ブラジルGP決勝
敬愛するアイルトン・セナの母国での勝利に、国旗を指さすハミルトン

 また、今回のレースでもうひとつ触れたいのが、チームとマイケル・マシ(FIAレースディレクター)による無線のやり取りです。マシとチームのやり取りは、僕は半分演出というか『はいはい。聞いていますよ』というマシの答え方や、『それは分かっていますよ』な慇懃無礼(いんぎんぶれい)な答え方を聞いていると、もうネタなんじゃないかなと思ってしまいます(苦笑)。

 お互い『これはこうだよな』と何となくの出方も分かっていますよね。ハミルトンとフェルスタッペンが4コーナーで並んで飛び出したときのレッドブルのホーナーの聞き方も『あれがレースだよな?』と、うまかったです(苦笑)。「仕方ないからレースをやらしてあげよう」という感じでペナルティを避けさせようとして、そう言われるとマシも『レースはやらせない』とは言えませんからね。逆に、その後にはメルセデスのトトから『審議はするよね?』というのもありつつ、でも『しっかりと確認した結果だから』という風にマシも丁寧に返していました。

 ひとつ言えるのは、2016年にリバティメディアが参入してF1の見せ方をどんどんと変えていって、映像の撮り方、無線も検閲しながら細かく伝えて、それらをしっかりと織り込んだ一種のショーとして放送していますよね。すごいハイレベルの戦いが行われているなかで、その戦いだけではなく、コース外の人間らしい欲求を煽るようなショー要素みたいな新しい風を今のF1に取り入れていて、それを実際に見ている我々もみんな引き込まれていますよね。F1もこれからの新しい時代に向かって行っているんだなということを感じます。

 その流れでドライバー同士、そしてチームのメカニックだけでなく、チーム代表同士もレース中の無線やメディアへのコメントの仕方というところで動いている。もちろん、こういったことはこれまで過去のF1にもあったことですが、それを見せていい部分までしっかりと見せています。当然チーム側もそ『この無線は聞かせてはいけない』『これは見せてはいけない』というラインはあると思いますので、そこはギリギリのラインを上手に見つけて放送していますよね。本当にうまいと思います。

 中継のカメラマンさんも絶妙な映像を撮っていて、中継チームで『どういったところを見せていこう』『どういったところをみんな欲しがっているのか』ということを本当によく勉強していると感じます。今のF1の映像はレースの魅力を分かっている人にしか撮れない映像だと思います。ですので、いい意味でツッコミどころが満載で『そこ撮っているの?』というところが本当にあるので面白すぎます(笑)。

 残りの中東3戦のチャンピオン争いは楽しみですが、すごく緊張感の高まる難しい戦いになってくればくるほど、今回の場外戦のようなチーム代表同士の人間味の見えるやりとりはちょっとした面白さといいますか、見る側としては引き込まれますよね。本当に見せ方も含めて、僕なんかも『こういう伝え方は大事だよな』とすごく勉強になります。今のF1はこれまでとは違ったスパイスを入れることで、逆に真面目なことが引き立っていると感じます。

<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24


関連のニュース

F1 関連ドライバー

F1 関連チーム