琢磨が今季苦戦した大きな要因として、移籍を決めた後のシーズンオフにDCRのポテンシャルが大きく引き下げられてしまったことも挙げられる。チームのトップエンジニアだったオリビエ・ボアッソンをグロジャンがアンドレッティ・オートスポートへと引き連れて行くことはわかっていた。
DCRはボアッソンに代わる優秀なエンジニアを新たに見つけてくる必要があったが、それを果たせなかった。ジョセフ・ニューガーデンに二度目のタイトルを獲らせたチーム・ペンスキーのエンジニア=ギャビン・ワードが2022年シーズンを前にアロウ・マクラーレンSPに引っこ抜かれたことで明らかなように、現在のインディカーは深刻なエンジニア不足。
そうそう簡単に優れたエンジニアを見つけてくることなど不可能に近いのだ。ボアッソンの後任としてDCR内部でテクニカルディレクターへと昇進したロス・バネルは、早い時点でマルーカスの担当となることが決定していた。
チームオーナーのデイル・コインが、ルーキーには彼をあてがうのがベストで、経験が豊富でテクニカルな面にも非常に造詣の深い琢磨にはエンジニアが誰になってもそれをカバーすることが可能だろうと考えたからだった。
最終的に琢磨の担当エンジニアは、ベテランだがインディカーでメインのエンジニアとしてフルシーズンを戦ったことのないドン・ブリッカーに決まった。それは2022年シーズンの開幕が間近に迫った頃だった。
ブリッカーは琢磨のストラテジストも兼ねる体制とされたため、彼にかかる負担は大きくなっていた。メインとしてフルシーズンを戦うのが初めてだった彼には刻々と変化する戦況を把握し切り、ベストの選択を行うことのできないケースもあった。
ゲートウェイがまさしくそれだった。あと1秒早くピットインの決断を下せていたら、琢磨は優勝か、それに近い成績を残せていたはずだ。
もうひとつ琢磨にとって手痛かったのは、2021年シーズンをもってバッサー・サリバンがDCRを離れ、多数のクルーを失ったことだった。
日本人クルーふたりの加入によってレベルアップがなされた面もあったが、人数がそもそも少なく、データエンジニアがフューエラーを担当していたことからもわかる通り、ピットストップ要員のクォリティには厳しいものがあった。琢磨はデビューイヤーの2010年の21位に次ぐ低順位ランキングとなる19位でアメリカでの13回目のシーズンを終えた。
「インディ500は勝ちにいきましたし、デトロイトの予選でフロントロウを獲得できました。ゲートウェイでは勝てそうでした。うまくいかないことも多かった1年でしたが、良いところもありました」と琢磨はシーズンを振り返った。
マルーカスはブネルを担当エンジニアにつけたチームの期待に応え、将来を嘱望されるアメリカ出身の若手という地位を手に入れた。
彼はラグナセカでのレース後、「ルーキーとして、琢磨をチームメイトとして戦えたことはとても大きなプラスでした。特にオーバルコースでは、彼の持つ経験や知識の豊富さに驚かされ、本当に多くのことを学ぶことができました」と語っていた。
そしてオーナーのコインは、「勝ち方を知っているベテランと才能あふれる若手、このコンビネーションで来年も戦いたい」と最終戦終了後に2023年に向けたプランを語った。
彼らは以前のような勝てるチームとしての地位を取り戻すために、エンジニアリング体制の強化、ストラテジストの起用、クルーの増員、ピットストップのスピードと確実性向上などを来シーズン開幕までに実現させる必要があるだろう。
