何だかなあ~というのが、裁定発表を読んでの最初の感想だった。
メルセデスとピレリが、本来なら禁止されている最新型マシンと現役レースドライバーを使っての「極秘」テストを行ったという、通称「テストゲート事件」。その裁判が6月20日(木)にパリ・コンコルド広場にあるFIA(国際自動車連盟)本部内で行われた。そしてその採決が翌日の21日に発表されたわけだが、内容はといえば「両者に戒告。およびメルセデスには、7月に予定されている若手ドライバーテストの欠席を命ずる」という実質無罪の、ガックリも甚だしいものだった。
ガックリしたのは、処罰が軽かったからではない。あまりに予想通りの出来レースを、彼らが堂々と演じたことにシラケたのである。すでに国際法廷が開かれる前から、それほどの重罰は下されないだろうという予感があった。なにしろ被告は、メルセデスとピレリだ。メルセデスはフェラーリを除けば、現在のF1で唯一の自動車メーカー系フルワークスチーム。と同時に、来季は3社しかないエンジン供給メーカーのひとつでもある。そしてピレリはいうまでもなく、F1タイヤを供給する唯一のメーカーだ。いずれも、今F1からいなくなられては非常に困る存在である。
もし万が一、「今季の全ポイント剥奪」とか、「数戦出場停止」とかの処罰が下れば、ダイムラー本社の重役会議でF1撤退の動議が出ないとも限らない。F1チームでないピレリにはその類いの罰則は適用されないにしても、はっきり有罪とされれば、ブランドイメージが大いに傷つく。それを避けようという配慮が、見事なまでに働いたのが今回の採決といえると思う。
思わず笑ってしまったのは、「若手ドライバーテスト欠席」を命じた下りだ。実はこれ、前日の裁判が終わりに近づいた頃、メルセデス側から提案したことだったのだ。「われわれは無実を信じているが、もし有罪という裁定が下った場合、速やかに謝罪するつもりである。そしてマシン開発に非常に有益な機会となる、7月の若手テストも参加を辞退する」と。事前に誰かが書いた筋書き通りに、裁判官や弁護士たちはしゃべっていただけではなかったのか。
もうひとつの茶番は、FIAの技術責任者チャーリー・ホワイティングの扱いであった。動画レポートの中でも少し触れたけれど、今回の事件はチャーリーの関与が鍵であった。
メルセデスやピレリが、誰が見ても規約違反に決まっているテストを堂々とやったのは、チャーリーの承認を事前にもらっていたから。メルセデス側は裁判前からそう主張していたし、裁判でも繰り返しそう言っていた。普通の裁判ならそこで、重要証人として証言を求めるところだ(チャーリー自身は、FIAの代表の一人としてその場にいた)。ところがなぜかメルセデスもピレリも、あたかもチャーリーなど存在しないかのように、審理を進めていた。
裁判が終わってから、僕は外国人ジャーナリストとかFIAの関係者とかに、「チャーリーがキーパーソンなのに、なぜ証人申請しなかったのか」を訊いて回ったのだが、納得の行く説明をしてくれた人は皆無だった。「狭いF1村の中で、ナアナアでやってるんだからさ。空気を読めよ」というのが、おそらく彼らの本音だったのだろう。
柴田久仁夫
静岡県出身。現在フランス在住。ディレクターとして数々のテレビ番組を手がけた後、1987年よりF1ライターに転身。現在も各国のグランプリを飛び回り、「autosport」をはじめ様々な媒体に寄稿している。趣味はランニングとワイン。ブログ「ほほワインな日々(http://monsieurshibata.cocolog-nifty.com/)」もチェック。