赤井邦彦がF1のホットな話題について、鋭い論評を繰り広げる新連載「エフワン見聞録」
今年もF1グランプリが開幕したが、そこに小林可夢偉の姿がなかった。「小林がいたらどういうレースをしたか?」などという荒唐無稽な考えは捨て置いて、去年とはひと味違ったレースを楽しんではどうだろうか? 小林に入れ込んで応援していた人は、少し肩の荷を降ろしてリラックスして観戦出来るはず。それもレースの見方のひとつである。
ところで、今年のF1から姿を消した小林だが、ご存じの通りAFコルセというチームからWEC(世界耐久選手権)に参戦することが決まり、先日フェラーリのステファノ・ドメニカリと握手をしている写真が公表された。しかし、この写真を見て不思議に思った人もいるのではないだろうか。
小林が乗るのはAFコルセというプライベートチームだ。もちろんGTレースにおけるフェラーリの公認を得たセミワークス的な存在ではあるが、小林の発表の場にAFコルセ代表の姿がない。加えて、ドメニカリはフェラーリF1チーム(スクーデリア・フェラーリ)の代表であり、AFコルセが参加するWECプログラムの、フェラーリ側責任者ですらない。そのドメニカリが小林と共に写った写真を公表するということは、一体どういうことなのだろうか、と。
発表から数日後、小林は自身のYouTubeでAFコルセに乗ることになったいきさつを簡単に話してはいたが、正直いって正確な情報は分からなかった。ただ、その映像の中で小林は、契約したのはフェラーリだと言い切った。AFコルセとの契約ではない、ということだろう。
そうなると話は広がりを持つ。つまり、フェラーリが小林と契約し、AFコルセにシートを確保した。もとよりAFコルセはフェラーリの意向を拒否できるはずもないので小林を乗せるのだが、F1の経験があるばかりかまさに伸び盛りの小林の実力は高く評価されてしかるべき。AFコルセとしては万々歳だった、という筋書きが読める。同チームにはジャンカルロ・フィジケラも在籍し、フェラーリのF1チームとは非常に近い関係にあることは周知の事実。そうしたいくつもの角度から見ると、小林のAFコルセ加入は喜ばしいことではある。
ただ私が知りたいのは、「小林はこの先に何を見ているのだろう」、ということである。ドメニカリ(フェラーリ)との間に小林の将来を約束する何らかの契約がなされたのだろうか? 例えば、今年のフェラーリF1のテストを担当する契約が盛り込まれていたりするのだろうか? そうでないとしたらなぜ小林はAFコルセのマシンに乗ることを決めたのだろうか? 今回の契約は、その先にある期待だけではとても納得できるような内容ではないはず。そこのところを小林に尋ねてみたいが、まあ本当のことは語ってもらえないだろう。
F1復帰に向けて寄付金まで集めた小林なのだから、「今年のAFコルセはあくまでF1復帰を前提とした腰掛けです」と言うぐらいの発表をして欲しかった。それに、AFコルセとではなくフェラーリと契約したのであれば、その内容を少しは教えて欲しかった。フェラーリと契約してなぜAFコルセに乗ることになったのか……という点こそ、我々が知りたいところなのだ。
その前に、どこからフェラーリと小林が繋がったのかも我々は知りたい。以前、小林のマネジメントグループにいたマリオ宮川氏は、小林を必ずフェラーリに入れると希望を語っていた。宮川氏は元フェラーリのF1ドライバー、ジャン・アレジのマネージャーで、フェラーリとは太いパイプを持っている。その宮川氏が小林の元を離れたのは、小林の以前のマネージャーを務めていた有松義紀氏との衝突が原因だったと聞く。しかし、有松氏は既に小林の元を離れており、小林は喜んで宮川氏の勧めを受け入れたと考えるのは短絡的過ぎるだろうか?
小林に関しては、もうひとつの噂があることを知っている。それは、ホンダのF1復帰に際してホンダがドライバーとして小林を乗せたがっているという話だ。この噂は非常に信頼おけるところから入手したものだけに、まんざら根も葉もないモノだとは思っていない。それどころか、ホンダがマクラーレンと組んでF1復帰する時の目玉にさえなるし、日本のF1の何度目かの素晴らしい幕開けの肝にさえなるのではないかと考える。
小林本人はフェラーリでF1を走りたいのだろう。しかし、マクラーレン・ホンダだって結構魅力ある存在ではある。小林がふたつの選択肢を前に悩んでいる姿も、なかなか絵になると思うのだが。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。