イタリアGPの表彰台で誰よりも幸福だったのはセバスチャン・ベッテルかもしれない。低ダウンフォース仕様のマシンに加えて、タイヤの内圧やキャンバーにも厳しい制限が加えられたモンツァ。いつもより、はるかに滑りやすいコンディションで輝いたフェアなバトルを今宮雅子氏が描く。
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「これまで経験したなかで、いちばんの2位だ」
ティフォシに拍手を送りながら走った“ウイニングラン”も、喜びあふれる表彰台もシャンパンファイトも、セバスチャン・ベッテルのそんな気持ちを十分に表していた。メルセデスは思った以上に速くて、あっという間に手の届かないところへ走り去ってしまったけれど──全力を尽くして声援に応えることができた。ホームストレートを埋めたファンに、何度も「ありがとう」を言うことができた。
2008年に初勝利を飾ったモンツァは、さまざまな思い出が詰まったサーキット。初タイトルのプレッシャーに負けそうになった2010年、レッドブルに向かないこのコースで「勝敗に左右されず、全力を尽くすこと」の大切さを学び、強くなった。アブダビ決戦に臨むとき、エンジニアのロッキーが耐火マスクに記したのは、いつもベッテルにポジティブな思いを運ぶ「MONZA」という魔法の言葉だった。
2011年、イタリアGPで2度目の勝利を飾ったときには、見渡す限り広がるファンの“海”に瞳を潤ませながら「僕に足りないのは赤いスーツだけだ」と思わず口にした。フェラーリへの勇気ある移籍が現実味を帯びた昨年、イタリアのジャーナリストたちが宝物のように記憶から取り出したのも、この言葉だ。
ジョージ・ルーカスの質問も、そっちのけ。「ありがとう、みんな。ありがとうティフォシ!」と繰り返す様子から、4度のタイトルに輝いた彼が、フェラーリという道を選んだ気持ちが伝わってきた。
「表彰台の感激は信じられないほど。くだらない金銭の問題で、このグランプリをカレンダーから外すなんて、僕らのハートをもぎとるようなものだ」
感動という意味では、勝利以上。もしキミ・ライコネンが一緒に表彰台に上がっていればフェラーリにとって、ほとんど完璧なイタリアGPだった──。
予選Q3の最後、ライコネンがベッテルのタイムを破ってフロントロウを手に入れた瞬間にモンツァを包んだ歓声は、日曜の午後、大きなため息に変わった。動かないフェラーリの左右を全車がすり抜けていく。アンチストールモードに入ってしまった原因は不明。ライコネンは「自分が知っているかぎり、すべて正確に正しく操作した」と言う。
1周目の順位は14番手。そこから5位まで挽回したレースはライコネンの巧さが際立つものであったけれど……キミが活躍すれば誰もがうれしいだけに、スタートの躓きが残念でならない。がっかりしたのは、ティフォシだけではない。
平均時速235km、高速モンツァの全開率は70%を超える。地元グランプリに懸けてフェラーリが投入したバージョンアップ版のパワーユニットはシーズン4基目──開発トークンは手元に残していても、今後、性能を向上した新規パワーユニットを投入する際には5基目のペナルティを背負わなくてはならない。
メルセデスの場合、残りの7トークンをすべて使った今回のパワーユニットはシーズン3基目で、計画どおり。ところが、モンツァ用には2基しかない新パワーユニットの1基、ロズベルグのマシンに搭載されていたものに冷却漏れのトラブルが発生してしまった。予選直前、ニコのマシンに搭載されたのはベルギーGPまで5戦を走行したもの。予選は若干のパワー不足でハンデを抱えて4位に終わったが、「耐久性に問題はない」というメルセデスの判断は、予選で周回数を抑えていない様子からも想像できた。
53周レースの51周目にブローアップというシナリオは計算外。同時に、残りわずか3周で力尽きた事実は、物理の法則の非情さと、メルセデスの耐久設計の正確さを示している。けっして“オーバーリライアビリティ”ではないのだ。
ベルギーGPのホンダに続いて、イタリアGPではルノー勢も「戦略的なパワーユニット交換」に踏み切らざるを得なかった。ペナルティの上限が最後尾グリッドに変更されたことによって、1戦で複数のエンジンやコンポーネントを投入しても背負うペナルティは同じ──残る7戦を走り切るだけのパワーユニットを“ストック”したルノーは、開発トークンを使ったバージョンが準備できた際、新たなペナルティを背負って新バージョンを使用するか否かの判断はチームに委ねるという。
ホンダの場合、マイレージを残したパワーユニットを4基ストックしたものの、まだ足りない。シーズン終了までには再びペナルティを背負うタイミングがやってくる。
モンツァでは「パワーではルノーを25馬力上回っている」というホンダの新井総責任者の発言に批判が集中した。回生システムの出力はレギュレーションで120キロワット(およそ160馬力)と上限が定められているためメーカー間に差はなく「瞬間最大出力」の差は必然的にICE(内燃機関エンジン)によるものである。ただし、エネルギー=パワー×時間。回生エネルギーが小さく、120キロワットを使える秒数が極端に短ければ、すぐに回生エネルギーが尽きて160馬力のプラスを失ってしまう──ICEによるパワーの差は意味を持たない。
バッテリーに溜めたエネルギーは1周あたり最大4メガジュールを放出できるが、回収が2メガジュール/周に制限されているため、実際のレース中コンスタントに120キロワットを放出できるのは16〜17秒程度。全開時間が60秒を超えるようなコースではバッテリーに溜めない(=制限がかからない)エネルギーに頼る比率が大きくなり、おもにMGU-Hから直接供給されるエネルギーがパワーユニットの性能を大きく左右する。ホンダに不足しているのは“パワーユニット”と呼ばれるゆえんである、エネルギー回生システムとマネージメントの能力で、ドライバーたちが「ストレートの途中でパワーが途絶える」と表現するのも、回生が不足しているから──もし、ICEにパワーがあったとしても、100kg/レースの燃料制限がかかるため、好きなだけガソリンを燃やすとガス欠に陥ってしまう。
ルノー搭載車に乗るドライバーたちは、モンツァが厳しい戦いになることを承知していた。それでもペナルティを背負った上で、全力を尽くして挽回しようという姿勢は爽快。トロロッソのふたりは、パワー不足やグリッドのハンデを抱えても「高速のモンツァを走るのは本当に楽しい」と言い「レッドブル2台とマクラーレンのチャンピオンふたりとの対決」に挑んだ。
低ダウンフォース仕様のマシンに加えて、タイヤの内圧やキャンバーにも厳しい制限が加えられたモンツァ。いつもよりはるかに滑りやすいコンディションでは、フェアなバトルが、いつも以上に輝いた。ライコネンが1コーナーでイン側から前に出れば、対するセルジオ・ペレスも2コーナー出口で加速。クルヴァ・グランデは並走し、ロッジアではライコネンがオーバーテイクを決定──今回はペレスも正確でフェアだった。
そして、レース終盤を盛り上げたのはウイリアムズのふたりの戦い。フェリペ・マッサが19周目にタイヤ交換を行ったのに対して、バルテリ・ボッタスは3周多くステイアウト。最後はタイヤ性能を失ったチームメイトのマシンをボッタスが攻撃し、0.3秒差まで追いつめた。フェラーリ出身、高速コーナーが得意なマッサにとって、モンツァは譲れない“地元”。最終ラップはボッタスにシステムトラブルが発生したことも手伝って「最後の3周は本当に厳しかった」と言いながらも、表彰台ゴールを果たした。
ティフォシの歓声や拍手を受ければ、表彰台インタビューも英語で済ませるわけにはいかない。ベッテルもマッサも半分以上をイタリア語で話したため、今回はFIAの記録にもイタリア語が記載された──愛情あふれる伝統のグランプリを失うわけにはいかないというみんなの思いは、こんな細かいところにも表れる。
イタリアGPは今年も快晴。初めてのセバスチャン・コールが、モンツァの青空に吸い込まれていった。