「あんなのダメだよ! もうちょっとで彼のマシンにクラッシュするところだった!」

 セバスチャン・ベッテルが無線で叫ぶ。その声はフェルナンド・アロンソにも伝わっているが、彼が動じる気配はない。2台のマシンがウェリントンストレートからブルックランズへ並んで飛び込み、アウトのベッテルが僅かに前に出るが、インのアロンソも引かず、行き場を失ったベッテルが出口の縁石いっぱいにまで広がって体勢を立て直す。

 さらにルフィールドからウッドコートを全開で立ち上がり、かつてのメインストレートで並びかけてサイドバイサイドに。2台のホイールとホイールの距離はもはや数cmの間隔もないほどに接近するが、決して接触することなくコプスへと7速まで加速して行く。そんなシーンが何度展開されたことだろう。

「彼はスペースを残してくれていない! これじゃ簡単に(接触して)パンクさせてしまうよ!」
「まただ!」
「もう1回だ」

 ベッテルは無線でアロンソの動きを刻々と“報告"していた。それは、前で自分を抑えているアロンソもそうしていたからだ。

「トラックリミット! 彼は何度やっているんだ!?」
「ベッテルは最終コーナーをコースオフすることで(1秒以内に入って)本来よりも多くDRSをオープンにしているんだ! ターン5もターン9もそうだ。それを警告すべきだ! すぐにポジションを戻すべきだ!」

 そんな激しいバトルと無線の応酬が13周にわたって続いた47周目、ベッテルはついにコプスでブレーキングを遅らせてアロンソの前に立った。

「彼がまた同じことをやった! あんなことやっちゃダメだ! 僕を押し出すつもりか!? 僕が動かなかったらレースはそこで終わっていたよ!」

 ベッテルが声を荒げた。しかしそれは時速300kmと激しい前後左右Gに耐えながら話しているせいであって、彼らが理性を失い喚き散らしていたわけではない。そうでなければ、あれほど際どいバトルを繰り広げることなどできない。お互いの力量を認め合い、決してそれ以上に危険なドライビングなどしないという絶対の信頼があるからこそ、2人とも相手のスペースを削ってホイールとホイールを並べて走ることができるのだ。

 レース後、アロンソは言った。
「別に怒っていたわけじゃないよ。僕がコースオフするたびに彼がレポートしていたから、僕はレースディレクターから2〜3回警告を受けていたんだけど、ミラーを見ていたら彼も同じようなことをやっていたから僕も同じように無線で報告しただけだよ。特に彼が僕をオーバーテイクした周は3〜4回コースオフしていた。でも前走車の1m後ろを走れば空力性能はかなり失われるから何度もコースオフするのはいつものことだ」

 これまでに何度かコース上で際どいバトルを演じてきた2人だからこそ、分かり合えることもある。ラップタイムが2秒も速いレッドブルのマシンを13周にわたって抑え続けたことを誇りに思うとアロンソは語り、モンツァの高速コーナーでグラベルに押し出されそうになったこともあるベッテルは、やや皮肉を込めて相手のドライビングを語った。

「フェルナンドとのバトルというのはいつもタフだよ、彼はあまりスペースを与えてはくれないからね。彼がポジションを守るためにあらゆることをやるだろうということは分かっていたけど、ターン6のアウト側から仕掛けて僕のノーズはすでに彼のマシンよりも前に出ていたのに、彼が譲らなかったから僕は接触を避けるためにコーナーの外に飛び出ざるを得なかった。そんなのが2回もあったんだ」

 そう語るベッテルも、無線で叫びながらもそのやりとりが少し滑稽だと感じてはいた。レースの後、ベッテルには笑顔すらあったのだから、それが偽らざる気持ちだったことは事実だろう。

「お互いにコースオフしたことを無線で文句の言い合いをしていたのはちょっとバカっぽかったかもね。(素晴らしいバトルをしていれば)見ている人はクルマが多少左右に動こうがあまり気にしてはいないだろうからね」

 無線での言い争いを解決する方法はないのか? そんな質問に、アロンソは笑って答えた。

「(レース中に)ドライバー同士で無線で話せるようにすべきだとでも言うのかい? それは上手く行かないだろうね(苦笑) きっと10年後にレースを見たとしても、お互いの意見は一致しないだろうからね」

 ドライバー同士の無線を介した感情剥き出しの舌戦は、激しいバトルをよりエキサイティングなものに演出してくれた。しかし、それでも2台のマシンが一切接触することなく緊迫のバトルを戦い抜き、素晴らしいオーバーテイクを見せてくれた。タイヤのデグラデーションや秒単位のピット戦略計算に基づく戦いも良いが、やはり人間の感情を揺さぶるのはコース上の緊迫のバトルだ。

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