「どうして抜かせてくれないんだ!?」

 52周目、ニコ・ロズベルグの悲痛な叫びが響いた。レースエンジニアのトニー・ロスは「彼にはメッセージを送っているよ」と、前を行くルイス・ハミルトンにはチームから道を譲るよう指示が出ていることを伝え返す。

「ニコとの差は1秒台だ。彼はもう一度ピットインする必要があるから、ホールドアップしないでくれ」
「ニコに対してディフェンスするためにタイヤを使うな」

 ハミルトンにはすでに彼のレースエンジニアのピーター・ボニントンから指示が伝えられていた。これは実質的なチームオーダーだ。しかしハミルトンはロズベルグを先に行かせる素振りを見せない。

 国際映像では放送されなかったが、裏側ではもっと多くの無線交信が行なわれていた。海外の放送ではロズベルグの訴えがチームに届いた直後には、ボニントンはさらに明確に譲るよう指示を出していた。それに対してハミルトンも反論する。

「メインストレートでニコを前に行かせろ」
「どうしてニコを行かせるために僕がスローダウンしなきゃいけないんだ!?」
「残り18周、このタイヤで最後まで走らなければならないんだ」
「僕はできる限りマネージメントしているよ」

 結局、ロズベルグはハミルトンを追い抜くことができないまま、56周目に最後のピットストップに向かった。結果的にロズベルグは表彰台を逃し、ハミルトンはフェルナンド・アロンソを攻略できずに3位に終わった。

 レース後、ロズベルグは努めて冷静にテレビカメラの前に立ったものの、チームオーダーの件についてはノーコメントを貫き通した。

「それについてはチーム内部で話し合うべきことだと思う。メディアに対して話すようなことじゃないよ。あそこで抑えられていなければトップまで追い上げられたかどうか、それは分からない。それもチーム内部で話し合うよ。何が間違っていたのか、きちんとチーム内部で分析しなければならない」

 一方のハミルトンは、最後尾から3位まで追い上げた劇的なレースに興奮気味で、上機嫌なほどだった。

「実際、彼は僕を追い越せるほど充分に近付いてもいなかったし、僕もフェルナンドに対して後れを取りたくなかったから(抜かせるために)ペースは落としたくなかった。どうしてチームが僕にそんな指示をしたのか理解できなかったよ」

 公式的にはそうコメントしているが、一部のテレビレポーターに対しては意図的に譲らなかったことを認めている。

「正しかったのか間違っていたのか、僕にはまだよく分からない。彼がもう一度ピットインしなければならないことは分かっていたけど、少なくとも僕としては彼と戦っていたし、僕が彼を簡単に前に行かせれば彼が後で僕を抜き返して僕の前でフィニッシュすることも分かっていた。それはチャンピオンシップ争いでも非常に大きな意味を持つ。これについては後で(チーム内で)きちんと説明するつもりだよ」

 ミディアムで31周を走らなければならないハミルトンと、新品のソフトで7番手から14周のラストスパートをかけられるロズベルグ。1周3秒も速いペースを見れば、確かにハミルトンが言っていることは事実だ。そして、ロズベルグはハミルトンに対して完全にテール・トゥ・ノーズの状態になっていなかったこともまた事実だ。

 両者の戦略を最大限に理想的なものにするためのチームオーダーだったが、それはハミルトンにとっては敵に塩を送ることにも等しく、受け入れがたいものだったのだ。

「もちろん我々は膝を突き合わせて今日のレースの仕方について話し合い、分析をしなければならないだろう。今日は決断に影響を及ぼす要素が様々あった。我々はこれまでと変わらず冷静に、混乱も誤解もなくきちんとこれを乗り越えていく」(トト・ウォルフ代表)

 今年何度も燻ってはチームが火消しに奔走してきた両者の対決の火花は、ついに引火してしまうのだろうか。

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