初優勝ではないのに――喜びのあまり、間違って2位のプレートの前にマシンを停めてしまったニコ・ロズベルグ。アラン・ジョーンズの祝福を受け、目頭を押さえるダニエル・リカルド。戸惑いながらも喜びを抑え切れない21歳、ケビン・マグヌッセン。すべてを温かく包むように、日没前の光が表彰台を照らした。

 誰にとっても長い冬だった。アルバートパークに到着してからも、ドライバーとエンジニアのあいだでは複雑な“方程式”への挑戦が続き、時差10〜11時間のファクトリーは昼夜を逆転した作業でレース現場を支えた。歓喜の表彰台はチーム全員の達成感と同時に、そこに到達するまでの膨大な仕事、苦労、不安を映し出していた。

 新技術への挑戦を取り戻した2014年のF1には、古き良き時代の“モータースポーツの宿命”が戻ってきた。選手であるドライバーに落ち度がなくとも、マシンは突然、理不尽に止まってしまうから切ない。ドライバーには精神的な強さ、忍耐力、根気がより求められる――路面にぴったり貼りついた2013年までのマシンより、ドライバーの人間性やテクニックが見えやすいF1になった。
 テストから順調なメルセデスでは、予選3位のロズベルグが好スタートを切ってトップ。「信じられない速さのマシン」を危なげなく操縦して、そのままゴールまで独走した。しかし、もう1台のメルセデス――ルイス・ハミルトンは金曜FP1のトラブルを克服し、雨の予選でポールポジションを獲得しながら、レースでは再びトラブルに見舞われて2周でリタイアした。原因は、エンジンのミスファイア。
 レッドブルでも、リカルドがトラブルなく週末を乗り越えたのに対して、セバスチャン・ベッテルはスタートからV6ターボのミスファイアによってパワーを失い、3周でリタイア――

 5位スタートのフェルナンド・アロンソは、電気モーターの不調をステアリング上のモード変更で修復している間にニコ・ヒュルケンベルグに先行を許し、その後、前を塞がれて失ったタイムを取り戻すことはできなかった。週末を通してマシンの挙動、とくに不安定なブレーキに悩み続けたキミ・ライコネンは、アロンソ以上に電気系の問題に悩まされたレースになった。

 新技術が採用されたF1、ドライバーもチームも週末のいろんな段階で、大小様々な問題を経験した。それでも、フェラーリのふたりを除くとトップ10に入ったドライバーたちのレースはノートラブル。フェラーリは経験とスキルを備えたアロンソとライコネンがいるからこそ混乱を免れ、外観上は“ノーマルな”レースが可能になったのだ。
 メルボルンの週末は、イヤープラグが要らない静かなエンジン音で始まった。いい意味での驚きは、もっとも心配されていたルノー勢の半分、レッドブルとトロロッソが順調に走り始めたこと。小林可夢偉のケータハムやロータスは車体側を含めた初期トラブルに見舞われて走行が叶わなかったが、最後のバーレーン・テスト以降、ルノーはバッテリー周りに信頼性向上のための改良を加えて開幕戦に臨んだ。そして走り始めてみると――レッドブルは優れたコーナリング性能を発揮する。テストでの限られた走行のなかでも、彼らはマシン開発を進めていたのだ――テストでの停止時間は必ずしもパワーユニットのトラブルが原因ではなかった。ルノーがメルボルンで急に走り始めた(印象を与える)所以だ。金曜日の走行ではレッドブル、トロロッソの計4台がトラブルフリー。トロロッソは日曜日のレースも完走した。

 2014年のマシンはトルクが大きい一方で、ダウンフォースが削減されて挙動が不安定になる。ブレーキ・バイ・ワイヤー(BBW)はMGU-K(運動エネルギー回生)の作動による制動時の挙動の乱れを抑えるために導入されたが、十分に走行を重ねるまではセットアップが難しい――周回を重ねていくうち、ドライバーたちはリスク回避のためできるだけまっすぐにブレーキを踏むようになり、それでも難しいとブレーキングポイントが手前に来る。意外と抜けない、サイド・バイ・サイドの勝負が少ないレースになったのも、制動時のマシンの動きが不安定でぎりぎりまで攻め込めない、現段階の状況に起因する。

 繊細で美しい走行ラインが持ち味のライコネンは、とりわけこの問題に悩まされたが、アロンソもフェラーリのBBWが完璧でないことを認めている。
「僕の場合は何とかやってるけど、BBWも改善すべき大きな要素のひとつだね」と、アロンソが説明する。「ローグリップの場合とハイグリップの場合、燃料を積んでいるときとそうじゃないとき……というふうに、異なるコンディションに適応して安定した動きを得るのは簡単じゃないんだ」

 しかし、そのブレーキ以上に「トラクションとトップスピードが足りない」ことがフェラーリの問題。
「できるだけ早い段階、この後の数戦で差を詰めたい」とアロンソが続けた。順調にテストをこなしたメルセデスがポテンシャルの90%以上を発揮しているとしたら、後続のフェラーリやルノーはパワーユニットの“使い方”や、マシンのセットアップがまだ初期の段階。したがって、開幕戦のデータを手にした後は速い進歩が期待できるのだ。

 ロズベルグが2位リカルドに24.5秒の差をつけたレース。終盤には2位リカルドvs3位マグヌッセンが1秒以内の間隔で接戦を繰り広げた。マクラーレンのピットがマグヌッセンに「イエローG3」というふうにミクスチャーを指示すると、レッドブルはリカルドに「燃料は良好」と無線を送る。ふたりの若手が、2014年のレースを象徴した。ふたりの後方では4位のジェンソン・バトンにも5位アロンソにも、それぞれのチームから「リカルドが苦労している(攻撃しろ)」という無線が飛んだ。そんなプレッシャーを受けながら、最後は後続を引き離してゴールしたリカルドは、この精神力が強み――レッドブルに抜擢された理由のひとつだ。

 しかし理不尽さも取り戻したF1は、ゴール後5時間以上を経た23時55分、リカルドから地元オーストラリアでの初表彰台を奪った。「燃料流量が規定の100kg/hを超えていた」という理由だが、レッドブル・ルノーが違反を犯したという単純な問題ではなく、FIAによる燃料流量の計測が不安定であったことに対するレッドブルの対応と、FIAの見解の相違が原因。チームは即座に、控訴の意志を表明した。

 リカルドの失格によって、完走は22台中13台。レース後に長い審議が続くことも、何の非もないドライバーに非情な裁定が下されることも、久しぶり――ルールが大きく変わったときには、こんなことが起こる。そのなかで鍛えられて、ドライバーは他のスポーツと違うオーラを身に着けていく。
 新たなスターが生まれる時代に入ったのかもしれない。

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