「俺の息子はまだ生きている」(あるジンバブエ人)
バーレーンGPでは、開幕したGP2でも見応えがあるレースが展開された。今年は2人の日本人ドライバーが参戦。レース1では伊沢拓也が見事なレース戦略と、上位勢を次々とオーバーテイクする度胸の良さで、いきなり6位入賞を果たした。
表彰式を終えて、表彰台の下で伊沢の取材をした後、すでにリタイアした佐藤公哉のコメントを取ろうと、バックストレート側にある第二パドックへ歩いて行った。公哉が所属するカンポス・レーシングのガレージに到着すると、公哉はミーティング中で、しばらくガレージの外で待っていた。
すると、そこに褐色の肌をした見知らぬ男がひとり近づいてきて、こう言ってきた。
「俺の息子はまだ生きている」
意味が理解できずにいると、もう一度同じことを言う。その男の上着を見ると、ジンバブエと書かれた刺繍があり、その男の向こうにはサイドポンツーンに「ジンバブエ」とペイントされたクラッシュしたマシンがあった。
この男はレース1のスタート直後に公哉に追突されてリタイアしたジンバブエ人ドライバーのアクシル・ジェフリーズの父親で、マネージャー業も務めるスハイル・ジェフェリーズ氏。私のことを公哉の関係者と勘違いしてやってきたのである。もちろん、「俺の息子はまだ生きている」というセリフは、「お前は俺の息子を殺すところだったんだぞ。もう二度とやるなよ」という無言のプレッシャーだ。
クラッシュしたドライバーが、もう一方のドライバーの元へ行き、プレッシャーをかけるという行為は今に始まったことではない。しかし、ドライバーの父親がガレージにやってきたというシーンに、私は出会ったことがない。近年、より資金が必要となったモータースポーツは、ドライバーをサポートする親族にとっても、自身の夢を賭けた戦いでもある。佐藤公哉、伊沢拓也が挑むGP2は、そういう世界なのである。
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日本人F1ジャーナリストの尾張正博氏がグランプリの現場から、ドライバーやチーム首脳の生の声、パドックを賑わせているニュースの真相、レースのキーポイントやサイドストーリーなどを自身の取材情報からお届けする。2013年はGPインサイドとしてお届けしていた