オーストラリアGP取材のためにメルボルンまで来ている。ホテルの部屋で朝からテレビをつけていたら、見応えのある番組が放映されていたので大いに感心し、強烈な印象を受けた。そして、「アア、彼我の差はこんなに大きいのか!」と、溜息をつくばかりだった。

 恐らくF1放送のオーストラリア・ホスト局だと思うが、広い会場に大勢の視聴者を招き、朝食を執りながらライブのトークショーを楽しむというプログラム。もちろんテーマは開幕を迎えたF1だが、その仕掛けがにくい。キャスターはF1の専門家ではなく普通の女性キャスター。日本で言えば小谷真生子か安藤優子、小郷知子あたり。彼女がごく普通のテーマを交えながら、ゲストにF1を語って貰うというものだ。

 ここで分かったのは、こういう一般の番組で司会進行を務める人に必要なのは、そのテーマに対する専門性ではないということ。そのテーマと一般視聴者(今回のオーストラリアの場合は会場に集まった人たち)の間を繋ぐパイプの役目を果たす才能こそ彼/彼女に求められる才能だ。オーストラリアのテレビ番組の場合、キャスターの女性は見事にそれを成し遂げた。ユーモアも随所にちりばめられ、会場は何度も笑いに包まれた。

 この番組を見て「テレビってこうじゃなければいけない!」と思ったのは、ゲストに豪華な人たちを呼んだことだ。オーストラリア出身のF1ドライバー、マーク・ウェーバー、ダニエル・リカルドはもちろんのこと、フェリペ・マッサを始めとするそうそうたるメンバー。さらにF1のご意見番とも言えるジャッキー・スチュワートまでが登場して、ステージで冗談を飛ばす。ここで感心したのは、キャスターがゲストの人たちとの距離を巧みに取りながら、彼らの偉大さに敬意を払いつつ、ゲストの会話に見事に入り込んでいく様だ。そのスタンス、受け答え、冗談の交換などなど見事としか言いようがなかった。

 これがテレビの持つ力だと思った。テレビは文化を創り出す魔法の箱(今は魔法の板?)だと言われてきた。現在はSNSなどインターネットの発達でテレビの時代は終わったかのように語られるが、実は良質で価値ある情報を流すことの出来る媒体は、今でもテレビが突出しているように思う。今回オーストラリアで見た番組は、見事にその役割を果たしていた。

「オーストラリアは英語を喋る国だから、ゲストの選択肢も広がる」と考える人もいるだろうが、日本にも優秀な通訳は何人もいる。彼ら/彼女らに手伝ってもらえば、何語を喋るゲストでも躊躇することはない。いや、普段一般の人が接する機会の少ない名の通った著名ゲストが登場してくれる方が、視聴者にとって満足度は大きいと思う。それが出来るのがテレビなのだ。要はテーマの問題であり、話題の引き出し方であり、会話の進め方だ。視聴者はゲストに何を求めているのだろう、とキャスターはアンテナを張りながら場をリードする。今回のオーストラリアのテレビ番組はそういった点で素晴らしかった。

 最近では日本のテレビ局も、サッカーなどを取り上げる番組では、この種の実のある番組が時折見受けられる。それは、サッカーが日本の文化として定着した証だろう。文化は、その中心にあるもの、いる人たちだけが頑張っても育たない。その周辺の有象無象が声を発し始めてやっと形が見えてくる。そうすれば、スポーツとしての競技を語らずとも文化としての競技を語る者が出て来る。

 サッカーでは小田島隆などの優れた代弁者がその役割を担っている。日本のテレビ局も、モータースポーツにもそうしたチャンスを与えてはどうだろうか? 今回、オーストラリアのテレビ番組を見て、切実な問題としてそう感じた。

赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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