若い芽を摘んではいけない。
最近、ヨーロッパでレースを戦う若者たちの様子が、フェイスブックやツイッターといったSNSを通して伝わって来る。SNSが今のように一般的でなかったひと昔前には考えられなかったことだ。正直言って驚いている。こんなに多くの若者がヨーロッパでレースに挑んでいるなんて、考えたこともなかった。それも、彼等は全員口を揃えて「目標はF1です」と言う。そう言い切る。そいう文言に当たると、驚くと同時に心配している。何を心配しているかと言えば、その目標が現実的なものかどうか、彼等は冷静に判断しているのかどうか、という点だ。
こうした若者がいかにしてヨーロッパに戦いの場所を見つけたのか、興味あるところだ。少なくとも、日本でレースを続けていてもF1という目標に到達できないと考えたからだろう。その考えに反対するものではないが、現実はどうかといえば、海外に出てもF1が手の届くところにあるかどうかは別だ。そもそも、日本のレースでトップを取れないのに海外で通用するのかといえば、それは怪しい。
たしかに日本のレースは自動車メーカーの力が強く、その傘の下に入ることが出来なければ上のクラスに上れないというジレンマがある。しかも、自動車メーカーに認められてもF1には程遠い。ホンダがF1に出て来た後(2015年以降)は変化が見られるかもしれないが、少なくとも現時点ではその可能性はない。どんなに実力があっても、スーパーGTかスーパーフォーミュラが限界だ。そういう現実を知るからか、多くの若者が独自にヨーロッパを目指すという手段に出る。
ただ、気持ちだけではヨーロッパに行くことはできない。家族や友人、あるいは若者の夢に賛同する企業の後押しが必要だ。しかし、それだけではまだ駄目だ。ヨーロッパでもまともなチームに加入できなければ、最初からお話にならない。日本からいいカモがきたと、お金だけふんだくってオンボロ・エンジンで走らせるようなチームもままある。しかし、初めてヨーロッパでレースを戦おうとする若者に、チームの善し悪しを判断する力などない。若者の多くが10代ということを考えれば、やはりその辺の情報に詳しい人物が寄り添っていなければ駄目だろう。
ひとつ間違えば、数年前にイギリスでF3を戦っていたある若者のようになりかねない。彼はたった2台(シーズン中盤以降は1台)しか参戦していないビギナークラスでチャンピオンになったと煽てられ、翌年はGP3に参戦。家族は財産をはたいて支援したが、結局成績はついて来なかった。そうなれば当然メディアは見向きもせず、今やすでに忘却の彼方だ。若者の夢はいとも簡単に破れてしまった。そもそもその若者に本当に才能があったのかどうか、関係者は冷静に判断しなくてはならなかった。関係者は、若者の才能不足を見抜いてもそれを本人に伝えず、煽ったのではないか? 責任はどこにあるのか? 知識のないまま息子をヨーロッパに送り出した家族か? 煽てた関係者か? それとも……。
この若者の場合はあまりにも可哀想だが、誰でも同じ道を辿る可能性はある。今年も多くの若者がヨーロッパで将来のF1ドライバーを目指して活動を続けているが、とにかく真っ当で信頼の置ける人に相談をし、近寄ってくる不審者には気をつけた方がいい。不審者の狙いはお金と自尊心だ。F1ドライバーを育てた(本当に育った場合だけど)というプライドが欲しいのだ。そんなプライドは犬も食わないのだが……。
こうした窮地に陥らないためには、ヨーロッパでレースをやりたいという若者本人と、その家族や支援者が、慎重に情報収集をし、自分たちで判断をすることが大切だ。そして、彼を支援する人たちは、やたらとSNSで騒がず、静かに見守ってやろうではないか。騒ぐのはF1のドライブを勝ち取った時でいい。本当にその若者がF1で戦いたいのなら。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
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