ブラジルGPでは、第10戦ドイツ以来、8戦ぶりに勝利の美酒を味わったニコ・ロズベルグ。恒例のチームフォトセッションを終えると、あるスタッフの元へ駆け寄り、手にしていた優勝トロフィーをそっと手渡した。そのスタッフの名前は、エバン・ショート。メルセデスでエレクトロニクス部門のリーダーを務めるカナダ人である。

 そのあと、ロズベルグはショートとともにツーショットで撮影を行った。周囲にはたくさんのスタッフがいたが、みな遠巻きに見ていた。ふたりにとって、この優勝は特別なものだったからだ。

 ロズベルグを担当している、あるメカニックは言う。

「みんなベルギーでの一件(ルイス・ハミルトンと接触)で流れが変わったと言うけれど、ニコにとって最も痛かったのは、シンガポールGPのリタイアだった。その時ステアリングに発生したトラブルの対応をしていたのが、エバンだったんだ」

 約2カ月前、9月21日に行われた第14戦シンガポールGPの決勝レース。ロズベルグは2番手からスタートする予定だったが、スターティンググリッドへ向かう直前にステアリング周辺の電子制御系にトラブルが発覚する。ショートは、ガレージでロズベルグのコクピットをチェックし、ステアリングの交換を行った。

 それでも問題は完全に解決できず、チームはトラブルを抱えたままロズベルグをピットアウトさせてグリッドに着くよう決断した。フォーメーションラップのスタート15分前にピットレーンの出口が閉鎖され、そのあとはピットレーンスタートを余儀なくされるからである。

 ロズベルグがダミーグリッドに着くと、ショートの指示を受けたメカニックたちが突貫工事を開始。メカニックたちの作業を、ショートは問題を抱えたステアリングを握りしめて、ロズベルグと並んで傍で見守るしかなかった。

 メカニックたちの努力もむなしく、フォーメーションラップがスタートするまでに間に合わず、結局ロズベルグはピットレーンからのスタートとなる。そして、なんとかスタートはできたが、レース中はDRSが作動せず、シフトフェンジにも問題を抱えていたため、チームはロズベルグをピットインさせ、リタイアを決断した。

 たとえ優勝できなかったとしても、2番グリッドから普通にスタートしていれば、2位に入ることは十分可能だった。その18点があれば、ロズベルグはハミルトンを1点上回り、チャンピオンシップのリーダーとして最終戦に臨むことになっていた。だから、ショートはシンガポールのトラブルを忘れない。そしてロズベルグも、その思いを痛いほど感じているからブラジルGPで挙げた復活の勝利をショートに捧げたのだろう。

 ロズベルグを取材する、あるドイツ人記者は言う。

「ニコは、ブラジルGPの前も、そしてブラジルGPを終えてからも、まだタイトルをあきらめていないよ。だって、彼はひとりで戦っているんじゃないからね」

 ロズベルグとショートが迎える最終戦アブダビGP。どんな結末が待っていようとも、ふたりが築いた信頼関係に変わりはない。

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