Vinchenzo Sospiri Racing
SQUADRA CORSE
2015年8月12日
FIA-F4 第3大会(富士スピードウェイ)レビュー
篠原拓朗が決勝レース2で8位入賞。コスタは14台抜きで意地を見せる。
■大会概要
開催地:静岡県・富士スピードウェイ(一周:4.563km)
開催日:2015 年8月8日(土)〜9日(日)
■大会結果
・19 号車:篠原 拓朗
8月8日(天気:晴れ/路面:ドライ) 第5戦予選:16 番グリッド
8月8日(天気:晴れ/路面:ドライ) 第6戦予選:11 番グリッド
8月9日(天気:晴れ/路面:ドライ) 第5戦決勝(規定周回数:15 周、最大 30 分間):18 位
8月9日(天気:晴れ/路面:ドライ) 第6戦決勝(規定周回数:15 周、最大 30 分間):8位
・63 号車:ニコラス・コスタ
8月8日(天気:晴れ/路面:ドライ) 第5戦予選:28番グリッド
8月8日(天気:晴れ/路面:ドライ) 第6戦予選:30番グリッド
8月9日(天気:晴れ/路面:ドライ) 第5戦決勝(規定周回数:15周、最大30分間):DNS
8月9日(天気:晴れ/路面:ドライ) 第6戦決勝(規定周回数:15周、最大30分間):16位
■大会レビュー
2015シーズンのFIA-F4第3大会は8月8~9日、静岡県の富士スピードウェイで38台の参加により実施され、VSRランボルギーニ・スクアドラ・コルセ・フォーミュラ・ジュニア・チーム(VSR Lamborghini Squadra Corse Formula Junior Team)は、14シーズンのスーパーFJのもてぎと東北の両シリーズで王者に輝いた篠原拓朗(しのはらたくろう/20歳)と、12シーズンのフォーミュラ・アバルトでヨーロッパとイタリアの両シリーズで王者に輝いたニコラス・コスタ(Nicolas Costa/23歳・ブラジル)を起用する2台体制で挑みました。
今大会にはイタリアからチーム代表のジェシカ・グルームビレッジ、ドライバーコーチのヴィンチェンゾ・ソスピリをはじめエンジニア、メカニックも来日し、富士スピードウェイでの戦いに臨みました。
19号車の篠原は8日(土)午前に実施された予選で、ベストタイムに基づき第5戦決勝レースの16番グリッド、セカンドベストタイムに基づき第6戦決勝レースの11番グリッドを獲得しました。迎えた8日(土)の第4戦決勝レース、スタートをうまく決め、混乱に乗じて13番手へ順位をあげました。2周目には12番手、3周目には9番手と順位を上げるものの、5周目のヘヤピンで後続に抜かれた際にアウト側のタイヤかすを拾ってしまい、さらに大きくポジションダウン。14番手へとドロップしてしまいます。
7周目、中団グループの集団の中で接触を避けて19番手へとポジションをダウン。8周目に1台をパスしたものの、第1コーナーでのアクシデントによってセーフティカーが導入されます。そのセーフティカー走行中に100R出口でクラッシュする車両が出たため、さらにセーフティカー・ランが延び、結局30分ルールが適用されて、14周終了時にセーフティカーに先導されたままチェッカーとなりました。9日(日)の第6戦では、スタートでそのまま8番手を確保。5周目には前を行くマシンを抜いて7番手へと上がったものの、13周目に再び抜き返され、そのまま8位でチェッカードフラッグを受けました。
63号車のコスタは8日(土)午前に実施された予選で、第5戦決勝は28番グリッド、セカンドベストタイムによる第6戦決勝は30番手からのスタートとなりました。迎えた8日(土)の第5戦決勝レースは、グリッドからフォーメーション・ラップへとスタートを切った瞬間に右側ドライブシャフトが破損。そのままオフィシャルの手によってピットまで押し戻され、リタイア(DNS)となりました。
翌9日(日)の第6戦決勝では、30番手からスタートし、第1コーナーで左右から攻め込まれ、行き場がなくなってやむなく接触。フロントウィングにダメージを負いましたが、走行可能な状況であったので、そのまま走り続けました。そこからコスタの怒涛の追い上げが開始されました。1周目28番手、2周目25番手、3周目24番手、4周目23番手と、ダメージを負い、アンバランスなハンドリングのマシンをねじ伏せるように走るコスタは、毎ラップ前を行くマシンを捕えては抜き去り、最終的に14台ものマシンを抜いて、16位でチェッカードフラッグ。積極果敢な攻めのレースを見せてくれました。
なお、FIA-F4第4大会は8月27日(土)〜28日(日)に三重県の鈴鹿サーキットで開催されます。
■コメント
・19号車:篠原拓朗
水曜日、木曜日、金曜日と立て続けに行われた練習走行では、常にトップグループの中にいたのですが、予選ではそのセットアップが路面のコンディションに合わなかったようで、ひどいアンダーステアに悩まされました。それを自分のドライビングで合わせていくべきでしたが、合わせきれませんでした。タイヤに関しても、ゆっくりと慎重に内圧を上げて、表面のゴムを傷めないようにウォームアップをしていたつもりですが、ライバルのタイムを見ると、もっともっと慎重に温めなければだめだったようです」
「第5戦の決勝レースは、序盤のペースこそ良かったものの、ライバルたちとの混戦になった時に、精神的な弱さが出てしまったのかも知れません。それがわかったことは、自分にとっていい勉強にはなりましたが、やはり悔しさの残るレースでした」
「第6戦に向けて、直線スピードの向上を狙ってリヤの車高を少し上げてみたのですが、結果的にはそれがセクター3区間で裏目に出て、総合的なタイムを落とす結果になってしまいました。自分の予選グリッド位置を考えて、前後にいるマシンとのタイム差を考えたうえでの判断であってしかるべきでしたが、それを全く考えておらず、結果的には守りのセットアップになっていました。それも精神的な弱さが原因だったのかも知れません。次の鈴鹿では、自分の弱さを克服して、積極的な攻めのレースをするつもりです」

・63号車:ニコラス・コスタ
「今回はイタリアで一緒に戦っていたエンジニアやメカニックが来日してくれたうえに、チームオーナーのジェシカやドライビング・コーチのヴィンチェンゾやケイ・コッツォリーノ、道見ショーン真也といった仲間たちが富士に来てくれたので、とてもリラックスできたし、心強かったです。そのおかげで確実にマシンのセットアップに進化がみられました」「しかし、今回の予選は自分の失敗もあって、決勝グリッドは下位に沈んでしまいました。練習走行で、ストレート速度がライバルやチームメイトより遅いことが判明したために、チームもいろいろ努力してくれたし、エンジンに関してはTom’sのスタッフにも大変お世話になりました」
「予選では後半に路面が良くなることはわかっていたので、ギリギリまでウエイティングし、タイヤを温めて1発で決めるつもりでした。しかしコースインしてみたところ、リヤのダウンフォースが大きすぎると思い、ピットに戻りました。その作業をしてコースインした時にはすでに1ラップしかアタックする時間がなく、僕の判断ミスで予選を台無しにしてしまいました」
「第5戦については、語るべき言葉もありません。スタートすらできずにレースを終えたからです。悪いジョークかと思いました。せっかくVSRの仲間たちが日本まで来てくれたのに、不運としか言いようがありませんでした」
「第6戦に関しては、何台抜けるかが自分にとってのレースでした。この熾烈なFIA-F4選手権で、予選はグリッド30番手から勝利を目指すのはナンセンスです。それでも頑張って1周1台を抜くことができれば、15周で15番手くらいにはポジションアップが練れえるのではないかと思い、真剣にプッシュし続けました。レース結果そのものはノーポイントでしたが、それ以上に得られたものは大きかったと思います。次戦は憧れのサーキットのひとつでもある、鈴鹿サーキットです。後悔しないよう、頑張ってきます」
