村田久武――2012年からのトヨタのWEC／ル・マン活動を語るとき、この男の名を外すことはできない。2006年のレーシング・ハイブリッド立ち上げからプロジェクトを牽引。その歯に衣着せぬ物言いを指し「トヨタらしくない人」と評する関係者も少なからずいる。
2016年「3分前の悲劇」の際にも、絶望の淵に立ちながら気丈にメディアの前に立ち、涙を流しながらトラブル原因について語った男である。東富士研究所での開発を束ねるかたわら、2017年のル・マン後にはドイツ・TMG（トヨタ・モータースポーツGmbH）の社長も兼任。最近になってその任は解かれたが、TOYOTA GAZOO Racing WECチームのチーム代表は引き続き務めている。
「リーダーは努力してなれるものではない。そういうのは素質だと思う」と語る村田は昨年、念願のル・マン制覇を果たしてから、次なるリーダーへのバトンタッチを考えるようになったという。村田が指名したのは、それまでハイブリッド関連の開発をとりまとめていた加地雅哉だった。加地は2019年1月より、GRパワートレーン推進部の部長に就任。責任範囲はWECのハイブリッド関連に留まらず、スーパーGTやスーパーフォーミュラにまで及ぶ。
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このふたりを最初に結びつけたのは、“電気系トラブル”だった。ときは2013年の開幕前、フランス・ポールリカールでのテストに遡る。さあこれからテストを始めよう、というときにTS030ハイブリッドはうんともすんとも言わず、沈黙を続けていた。
原因は不明。当時ハイブリッド・プロジェクトリーダーだった村田は、現場から本社のHV先行開発部に電話を入れ、「要因分析ができる人間をすぐに送ってくれ」と伝えた。そこで急遽日本から送り込まれたのが、TS030のことを“何も知らなかった”加地だった。回路図を握りしめて現場に到着した加地のもとに、初対面の村田がやってきてこう言った。
「3分やるから、なんとかせい」
当時のことを思い返し、加地はこう語る。「『なんとかしろ』『分かりました』そんな感じです。いまもそういう関係は変わっていないですね。最初から違和感はなかったです」
ふたりとも出自は体育会系。だが、単なる“根性論”だけでレーシングカーの開発を引っ張っていけるわけでは、もちろんない。
加地は村田の「3分やるから」という言葉を、こう解釈したという。「1分1秒を争っているモータースポーツの世界で、『3分』というのは『そこそこやる』という意味なんです。ここではそれが日常なんだと思いました」。
30分ほどかけてマシンを走れる状態にした加地は、2015年から村田に呼ばれて本格的にハイブリッド・レーシングカーの開発に従事することになった。数々の困難に打ち勝ってシステムの性能向上に努めていくなかで、村田から「リーダーの素質」を見抜かれ、部長に抜擢されるまでになった。
来年秋にはハイパーカー規定に移行するという重要な節目を迎えつつあるいま、加地が先頭に立ち開発を引っ張り始めた。村田は加地の相談には乗るが、指示はしないという。
「指示待ちをしているような組織は、ろくな成果を出しません。それに、指示を出すということは、自分の才能の範ちゅうでしか指示ができず、結局のところ自分の能力以上の成果は出てこない。指示したがるリーダーのもとでは、世界一にはなれない」（村田）
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トヨタの挑戦のカギを握るふたりのリーダーが考える“組織論”をめぐる対談は、10月4日発売『TOYOTA TS050 HYBRIDのすべて』に掲載しています。合わせて、世界初公開となるTS050ハイブリッドのエンジン、ハイブリッドシステム等の写真も多数掲載。ル・マン2連覇＆世界タイトル獲得を成し遂げたトヨタの歴史的レーシングカーを、多角的に解剖しています。
（文中敬称略）
