9月19〜20日にフランスのサルト・サーキットで行われたWEC世界耐久選手権2019/2020シーズン第7戦ル・マン24時間耐久レース。LM-GTEアマクラスに挑んだ木村武史/ケイ・コッツォリーノ/ヴァンサン・アブリル組MR Racing/CARGUY RACINGの70号車フェラーリ488 GTEは、スピードを見せながらも14時間を前に悔しいリタイアを喫した。しかし2020年の参戦に向け当初立てていた“目標”は見事達成。2021年に向けて、新たな課題と目標も見つかったようだ。
2019年にル・マン24時間に初挑戦したCARGUY RACINGは、今季WEC世界耐久選手権に参戦していたMR RACINGの枠を使ってのル・マン参戦をAFコルセから打診され、木村武史/ケイ・コッツォリーノ、モナコ出身のヴァンサン・アブリルというトリオで2年目の挑戦を果たしていた。
予選では12番手につけていた70号車フェラーリだが、フリープラクティスから調子は良く、上位進出と、参戦を決めたときから木村が目標としていたジェントルマンドライバーとしてのサルト・サーキット『4分切り』の期待がかかった。フリープラクティスまでに4分02秒668というベストタイムを出しており、決勝中に4分を切るのがゴールだった。
しかし、そんなCARGUY RACINGの2年目の挑戦は、スタートからわずか4周で暗転する。
スタートから激しいバトルを展開し、クラストップ10圏内まで順位を上げていたスタートドライバーのコッツォリーノは「コーナーも速かったですし、トップ5にいく手ごたえもありました」という走りを展開していたが、ECUトラブルが発生しミッションに影響、緊急ピットイン。この修復に30分ほどを要してしまい、一気にトップから7周遅れになってしまった。
■トラブルで「吹っ切れた」木村が2020年の目標達成へ
ピットでその様子を見ていた木村は「あまりにもあっけなくレースの勝負権を失ってしまったので、ちょっと呆然としてしまいましたね」という。当初、木村はレースが落ち着いた22時ごろに走る予定をしていたが、修復後はトレーニングも兼ね木村がコースインした。
ある意味、7周遅れで実質最下位に近く、順位を気にしなくても良くなった。「なんというか、吹っ切れた感じがあったんです。自分の殻を被った感じ。クルマのフィーリングも悪くなく、速く走れました。そこで一気に来ましたね」という木村は、快調にラップタイムを刻み、この最初のドライブで4分00秒781というタイムをマークした。
その後アブリル、コッツォリーノと繋ぎ、スタートから7時間過ぎにふたたび木村の出番がやってきた。すでに4分00秒台をマークしていた木村はニュータイヤを履きコースインすると、トリプルスティントを敢行した。その3スティント目。木村の前には、結果的にレースでLM-GTEアマクラスを制した、TFスポーツの90号車アストンマーティン・バンテージAMRが現れた。
「僕は優勝したTFスポーツの、ジェントルマンドライバー最速と言われているサリ・ヨルック選手と、以前スーパーカーレースで一緒に走ったことがあるんです。彼の速さを知っていますし、彼も僕のことを知っているんです」という間柄のヨルックがドライブしていたのだ。
木村はもちろんラップダウンだが、「彼が乗っていることを確認して、5〜6周バトルしたんです。アストンマーティンの方がストレートは速いので、コーナーでさんざん詰めても抜くことができなかったのですが、ミスを誘って抜くことができた」とヨルックをオーバーテイクしてみせる。当然、ヨルックのスピードも、ジェントルマンドライバーの中ではトップクラスだ。
「すごく嬉しかったです。彼も分かっていたと思いますし、サリ選手が優勝を飾ったので、そういう意味では自信に繋がりました」という木村は、ヨルックを抜いた直後、その勢いのまま3分57秒400というタイムを叩き出した。その様子を見守っていたピットは、全員が木村の目標を知っており、歓声に沸いた。木村が2020年の目標としていた『4分切り』は達成した。
ちなみにこの3分57秒400は、LM-GTEアマクラスでは全66名中41位だが、ジェントルマンドライバーにあたるブロンズのなかでは5位。2019年の自己ベストからは約5秒のタイムアップとなった。
■想定内だった結果と、2年目の挑戦でつかんだ自信
木村がドライブした後、コッツォリーノに交代したCARGUY RACINGのフェラーリは、ダンパーのトラブルにも見舞われるが、走行を続けアブリルに交代した。ただ直後、ピットアウト後に2コーナーでトランスミッションのトラブルにより、ロックしてスピン。エンジンがかからず、CARGUY RACINGの2年目の挑戦は終わりを告げた。これまでのキャリアではあまりリタイアした経験がなかった木村は「珍しいですよ。今まであまりなかったです」という。
とはいえ木村、そしてコッツォリーノにとって2年目の挑戦は、自信に繋がった。「昨年ル・マンに初挑戦しましたが、2年目に出ることで圧倒的な自信になりました」というのはコッツォリーノ。
「昨年は怖さもありましたが、今年は走り出しから路面ができていなくても飛び込んでいけましたし、すぐにタイムも出た。木村さんもアブリルも速いし、これは少しマージンをもっていても、トップ5にいけるだろうという手ごたえがありました」
また木村は、リタイアという結果に対しては「今回、別にリザルトは狙っていなかったんです。完走できるともあまり思っていなかった」という少々意外なコメントを残した。ただ、これは参戦が決まったときから木村が語っていたことでもある。そういう意味では、初志貫徹でもある。
「自分の走り、自分のタイムだけを考えていたんです。そういうことが狙いの年だったので、結果として自分の100パーセントを出すことができました。これがもし3位表彰台でも、自分のタイムが出ていなかったらこんなに饒舌ではないです(笑)」と木村はその理由を語った。
「私たちはプロではないので、自分が成長しないと未来が続かないんです。私は今日速くないと、明日乗る気になれない。いくら表彰台に立とうが優勝しようが、自分が遅かったら、それはプロのおかげで勝てているということなんです」
「客観的に考えて、『自分が貢献しているのはお金だけだ』という話になると、私は冷めてしまうんですよ。自分が速く走れることが、自分の活動のいちばんのモチベーションなんです。タナボタはいらない。速く走って、結果を出していくことが私の活動の根底にあるので、今回速く走ることができて納得しています」