2020年のスーパーGTは、新型コロナウイルスの影響により3カ月ほど開幕が遅れた。アスリートであるレーシングドライバーにとっては、突然できた「空白の時間」。レーシングカーを運転するという本来の仕事ができなかった期間、彼らは何を考え、どんなことをして過ごしていたのか。RAYBRIG NSX-GTを駆る2018年GT500王者・山本尚貴の場合、それは「長く・重い」期間だった。
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「そもそもモータースポーツって、世の中に必要なのか?」
3月下旬の富士での公式テストも岡山での開幕戦も延期。まもなくして緊急事態宣言が発令。その後もどんどんレーススケジュールの先行きが見えなくなっていく。山本尚貴の心は沈みがちになっていった。
新型コロナウイルスの影響が大きくなってきた3月ごろから、山本は人一倍の危機感を持っていた。
頭のなかを、さまざまな思いが駆け巡る。レース界は、そして世の中はこの先、どうなっていくのだろう。もし、このまま今年レースが再開されなかったら……。スポンサーや自動車メーカーも余波を避けられそうになく、来季はもう、モータースポーツ自体が成り立たないかもしれない。そうなったとき、“レーシングドライバーではない自分”に、何ができるのだろう?
プロである以上、「レースができなくなるかもしれない」という緊張感は常にある。だが、自分の成績以外の外的要因でそうなってしまうかもしれないという恐怖が、心を押しつぶそうとしていた。
SNSで「こんなときでも、楽しさを」とさまざまな発信をするドライバーには、ある種の尊敬の念を抱いていた
「そんなことができる心境じゃない」
誰かを勇気づけるよりも、自分とまわりのことで精一杯。出場したい気持ちはあったが、いくつかあったバーチャルレースへの参加も見送ってしまった。環境が充分に整わなかったり、視力への悪影響を気にしたりしてのことでもある。負けず嫌いゆえ、家族と過ごす時間を犠牲にして練習してしまうのも嫌だった。
だが、いまやその言動すべてが注目を浴びる立場。「なんで山本は出ないんだ?」と陰口を叩かれているんじゃないかと思うと、気持ちはさらに沈んだ。「考えすぎてしまうほど考えてしまう」性分が、ホンダのエースを苦しめていた。
山本はネガティブに考えてしまうことを、自らの長所でもあり、短所でもあると認識している。
これまでのレース人生でもネガティブな出来事や感情をバネにし、“最悪”にならないためのリスクヘッジをしながら前を向くことで、結果を手に入れてきた。
スーパーフォーミュラの2度のタイトル、2018年にジェンソン・バトンと獲ったGT500のタイトル。苦悩やプレッシャー、ときには屈辱をも乗り越え、手に入れてきたものだった。
そんな山本にとっても、今回の「ネガティブさ」は過去にはないほど深いものとなった。