「今年は本当に怒らなくなった。昨年、(第14戦)バレンシアではバイクがまったく走らず、ピットに戻ってきたときにはクルーチーフのディエゴ(・グベリーニ)に『ブレーキできない! 曲がらない! 加速しない!』って怒りにまかせて叫んだんだ。でも、彼は僕に『わかった。君は今、怒っている。でもね、君は何が起こっているのかを僕に説明しないといけない。改善するためにはね』と伝えてくれたんだ。僕はそれを理解した。彼は正しい」
「今は、怒っているときでも、何が問題なのかを説明できる。今年、アッセン(第9戦オランダGP)でマーべリック(・ビニャーレス)がフリー走行2回目で僕たちよりも0.5秒速かったときがあったけれど、僕は落ち着いていた。そして、レースでは勝ったんだ。そういう結果をもたらすのだとわかるから、悪い状況であっても、落ち着いて改善に努めていたんだ。平静であることが、僕をすごく成長させてくれたと思う」
確かに、チャンピオンという途方もなく大きな目標を達成するためには、感情でさえ己のコントロール下におかなければならないのだろう。とは言え、感情という御しがたいものを思うように抑えることは、意図して試みたとしてもそう簡単ではないはずだ。
彼が会見のなかで語った経験は、そうしたクアルタラロの自身を成長させる術を裏付けるもののように思えた。キャリアのなかで最も困難な時期について聞かれると、クアルタラロは2016年から2017年について挙げている。2016年はMoto3クラスに、2017年はMoto2クラスに参戦していたが、クアルタラロはこの2シーズン、優勝も表彰台を獲得することもできなかった。2013年、2014年にCEVレプソルのMoto3ジュニア世界選手権で2連覇を果たして将来を嘱望されるライダーとしてMotoGPにやってきたはずが、このころ、クアルタラロの活躍はなりをひそめていたと言っていい。ただ、2018年にはチームを移籍し、さらにもうひとつの転機があったのだ。
「思い出すのは2018年のアルゼンチンのレースだ。28番グリッド、セーフティカーに近いところからのスタートだった(苦笑)。そのときに、『僕のライディングスタイルは、Moto2であまりうまくいっていない』と考えたんだ。それで、チームと話をして、『次の2レースでは結果はよくないだろうけれど、変えたいことがある』と言ったんだ。それ以来、僕たちは大きく飛躍した。優勝し、表彰台を獲得して、2019年からMotoGPに昇格した。2018年のアルゼンチンは最低の時間だったけれど、そこから立ち直って、MotoGPチャンピオンにまでなったんだ」
そしてもうひとつ、クアルタラロが語った幼少期の話にも触れたい。このチャンピオンという栄冠を手にするために犠牲にしたことを尋ねられると、クアルタラロは「とてもたくさんのことだよ」と答えた。
「特に、両親にとってはね。僕が子供の頃、父はいつも僕をトレーニングに連れていってくれた。僕は子供のころ太っていたので、マクドナルドに行くのをやめないといけない時期もあった。それから、僕は(レースのために)スペインに移住した。とても厳しいことだった。普通の子供時代ではなかったんだ。ただ、今日の自分を見れば、子供のときに正しいやり方で進んできたんだと思える。僕はこの経験を通して成熟してきた。僕は今、22歳だけど、精神的にはもっと成熟していると思うよ」
これまでに過ごしてきた環境と時間が、そしてそうした経験を元にした柔軟な行動力が、ファビオ・クアルタラロをMotoGPの頂点に導いたのだろう。必要な変化によって、クアルタラロはMotoGPのタイトル獲得を達成した。
