──けれど、ふたりならもっと上のポジションにいてほしいという思いもあります。このレースの難しさは特別なのですか。
寿一:「小暮は初戦、どうだった?」
小暮:「デビュー戦のSUGOの予選は、トップから2・4秒落ちくらいです」
寿一:「僕は3秒半も遅かったよ。忘れもしない2016年開幕戦もてぎの初レースでのこと。これは大変な舞台に上がってしまったなぁと思いました」
小暮:「レーシングカーと比べると姿勢変化が大きいし、いろいろな動き方をします。さまざまな挙動に対して的確な操作ができていないということを強く感じますね」
寿一:「トップカテゴリーでは『これを超えたらマシンが飛んでいく』というぎりぎりのところ、それもすごく高い限界領域でドライビングしています。その『クルマをコース上でコントロールする』という意味で、小暮はこの限界値が恐ろしく高い」
「ブレーキングを例にとると、小暮はコーナーの奥まで突っ込み、ごく短時間でブレーキングを済ませて素早く向きを変える。そしてほかの選手だとマシンが暴れてアクセルを緩めるところでも、アクセル全開で立ち上がっていく。これが“小暮スタイル”のアドバンテージ」
「先ほどの鈴鹿の2コーナーがそうだし、SUGOの最終コーナーもそう。国内トップの連中と比べてもその速さは異次元で『物理の法則に反しているのでは?』とさえ思えるほど」
「では、86/BRZレースだとどうなるか。小暮なら誰よりもブレーキングを遅らせる走りはたやすくできる。ところが、そこまで突っ込んでしまうと、次に加速させようとしたときにいくらアクセルを踏み込んでも進まない。クルマ側の制御が働いてしまい、スロットルが閉じられてしまうからね」
「だから急激な姿勢変化をしないようずっと手前からブレーキを踏んで、立ち上がりにスロットルを全開にできるような“制御が入らない走り”が求められる」
「そういう走り方を頭と身体にしっかりたたき込まなければならないし、当然それに合わせたマシンのセットアップも必要になってきます。けれどブレーキングを遅らせて奥まで突っ込めるトップドライバーにとって、それは未知の領域と言っていい」
小暮:「完全に考え方を変える必要がありますね。でも、これがとても難しい。スーパーGTのドライビングは「タイヤのグリップ」という指標があります。グリップの限界まで使うことだけ考えて走ればいい。けれど、86/BRZレースはその指標が使えないんです」
寿一:「高い限界領域で戦ってきた小暮のようなドライバーにとっては、さらに難しいと思うな」
小暮:「練習走行を終えたらすぐに始めるのがロガーデータのチェック。チームのみんなと見て、それを分析して、どうすればもっとタイムを縮められるのかを考える。レースでこれほど頭を使ったのは初めてです」
「突っ込みすぎているのなら、どこでどのくらいの強さでブレーキングを始めればいいのか、ステアリングを切り込むポイントはどこなのかなど、いろいろな操作を緻密に検証して、そこから答えを見つけていきます」
「レーシングカーだとクルマのほうから訴えかけてくるので、それに反応していればいい。でも、86/BRZレースのマシンはそれではダメ。徹頭徹尾、データをもとに理詰めでいく印象ですね」
寿一:「そう。スーパーGTでは“感性”で走らせ、マシンをつくりあげていたわけだけれど、このマシンを速く走らせるために必要なのは“知識”。だからその“知識”をたくさん持っていて、使いこなせるチームとドライバーが上位にいる」
小暮:「おそらく寿一さんも同じような苦労をされてきているのでしょう。どうやって乗り越えようとしたのか、もっともっと聞いてみたいですね」
寿一:「ブレーキングの話をしたけれど、これはほんの一例だからね。こんなことが数えきれないほどある。そこが86/BRZレースの難しさだよね」
──マシンをセットアップする上でも「知識」が重要になるのですか?
寿一:「クルマが速くなってきたと手応えを感じても、タイヤはどんどん進化するし、逆に車両にはヘタリが出るので常に変化がある。立ち止まることができない、と言えばいいのか。そうなるとまた新しい“知識”が必要になります」
「セットアップというのは、細かい部分の合わせ込みです。どういった精度でどのようにバランスをとるのかが86/BRZレース車両はとても難しく、正解がないところも悩みの種です」
「じつは、岡山でスプリングとダンパーに違和感があったので新しくしたのですが、マシンのバランスがガラッと変わった。そこに自分のドライビングを合わせていかなければなりませんが、いい手応えを感じています。この例からも分かるように、それまで正解だと思っていたものが、しばらく経つと正解ではなくなるわけです。そうしたら、またやり直す。その繰り返しですね」
小暮:「引き出しの少なさを痛感しています。セットアップについては、こういうときにはこうすればいいという経験値がまだまだ足りていません」
寿一:「これまでの経験を活かすべきなのか、それをぐっと我慢して“知識”をもとにセットアップする道を見つけていくのか、かなり悩んだでしょ?」
小暮:「デビュー戦は、それでチームに迷惑をかけちゃいました。これまでの経験をもとに、こうしてみたい、あれも試してみたいと、いまから思えば無駄なことをやってしまって。予選直前に無理を言っていろいろ変更したのですが、結果にはつながりませんでした
──そこまで苦しい思いをしながら、ふたりがこのレースに出る意味とは?
小暮:何十年ものあいだ、プロとしてドライビングだけに集中してきたわけですが、そこで培ってきたものがことごとく通用しない。これはショックでした。でも気持ちを切り替えて、いまは乗り越えよう、速くなろうと努力し、そこにやり甲斐を感じています」
「そんなふうにレースと向き合えるのって幸せなことだなぁと。とはいえ、たぶんみなさんが思っている以上に打ちのめされていて、じつは結構凹んでます。本音を言ってしまうと、いまはスーパーGTで走って“自分はできるんだ”って自信を取り戻し、また86/BRZレースに挑んでいるところです」
寿一:「僕は自信を取り戻しに行く場所がないよ(笑)。でもね、こんなに苦労をしても、僕と一緒にスタッフは成長しているし、喜んでくれるファンも多い。最近はマイクを持ってお話しする仕事のほうが多いけれど、レーシングスーツを着ている僕を見て笑顔になってくれる人がいるというのはうれしいことです」
「それを思うと、得るものは限りなく大きいと思っています。そして、なによりも走っていて楽しい。レーシングドライバーでいられることを愛おしく思える時間でもあります」
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2021年の86/BRZレースは残すところ十勝と富士の2大会。来年からは新型車でのレースが始まる。佐々木、井口とともに、小暮がこれからどういうアプローチで、このレースでの速さを見出すのか、レカロレーシングチームを強くしていくのか楽しみである。
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岡山国際サーキットにて10月16日、17日に開催された第7大会(第9戦、第10戦)においては、28台のマシンがプロフェッショナルシリーズに出場。16日の予選直後に今回の話を聞いたが、対談を終えるとふたりはほどなくして第9戦決勝レースに臨んだ。予選順位が近かったこともあり、序盤から抜きつ抜かれつのバトルが繰り広げられたが、寿一14位、小暮19位でレースを終える。翌日の第10戦では寿一が6位、小暮は16位でフィニッシュ。寿一は今季初のポイント獲得となった。



10月29日発売 autosport No1563より転載
