7月から始まった2020年のF1シーズン。王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのか。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督、さらにはF1中継の解説を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第5戦F170周年記念GPで、ついに今季初優勝を飾ったレッドブル・ホンダとマックス・フェルスタッペン。第4戦の完敗から、連戦でメルセデスと勢力が逆転するに至った背景を推察しつつ、決勝でメルセデスに起きたブリスターについて、ドライバー視点で振り返ります。さらに、スーパーGT、FIA-F2でもホンダが勝利を挙げ、まさに『夏のホンダ祭り』となった週末についても中野氏の感想をお届けします。
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レッドブル・ホンダとマックス・フェルスタッペンが今季初優勝を挙げたF1第5戦ですが、同じシルバーストン・サーキットでの開催ながら、前戦の第4戦とは違った意味で、やっぱりレースというのは本当にわからないものだということを改めて感じたレースでした。
第4戦イギリスGPのときはミディアムタイヤでも、ソフトタイヤでもレッドブル・ホンダはメルセデスとは約1秒の差があったのに、第5戦ではタイヤコンパウンドが1段階柔らかくなり、指定内圧の変更などもありましたが、その変更などでこんなに勢力図が変わってしまったということがいまだに信じられないですし、その要因は正直、僕も今の時点ではわかりません。
振り返ってみると、予選Q2でフェルスタッペンが唯一ハードタイヤでQ3に進んだというのは本当に大きかったですね。Q2をハードタイヤで行ったというのは、戦略も含めて勝算があったことに加え、ハードタイヤでの走行、そしてマシンの仕上がりにも自信があるということの裏返しでもあります。
見ている側としてはあまり気づかなかったかもしれないですが、その戦略を選択した時点で、レッドブル・ホンダ側としては相当の自信があったのだと思います。それがマシンの仕上がりなのかどのような根拠なのかはわからないですが、レッドブルとしては第4戦から第5戦までの連戦の間にファクトリーで第4戦のデータを全部分析して、これなら行けるという手応えが得られたのだと思います。
そして第5戦に向けてクルマのセットアップを変更して、そのセットアップに関してもいろいろな角度からデータ分析をして、そして実際の金曜日の走り始めの持ち込みセットアップがクルマのスイートスポットにうまくはまったのでしょう。そうとしか思えない結果ですよね。
その作業を連戦の間のわずか1週間という短い時間のなかで、あそこまでまとめ上げたというのはレッドブルのファクトリー、そしてエンジニアたちの力ですので、すごいと思います。もちろん、ホンダのパワーユニット(PU/エンジン)の面でも何かがあったのかもしれませんし、もしかしたら若干、前回以上にリスクを伴ったことをしているのかもしれません。
ホンダはシーズン2基目のパワーユニットをこのレースから投入しましたが、その効果は何とも言えないところです。大きなアップデートはないと言いつつもタイヤに優しいドライバビリティになっていたり、最大馬力の部分だけではなくいろいろな効果が考えられます。そういったホンダの2基目のパワーユニットが今回の優勝の助けになっているのかもしれませんね。
前回のこのコラムでお伝えしましたが、タイヤに優しいドライビングというのが今回、フェルスタッペンのパッケージにすごくはまっていたような気がします。一方のメルセデス勢はタイヤのブリスター(タイヤの温度が上がりすぎて内部のゴムが沸騰して表面に気泡が出てしまう状態)に悩ませられましたが、メルセデス勢に関してはちょっとびっくりでした。
メルセデスのマシンは結果的にタイヤに対してブリスターが出やすい攻撃性があるセットアップだったということですよね。当然、他車よりも速いペースで走行しているので、タイヤに対する攻撃性や負荷は大きく掛かるわけで、タイヤに対する負担も大きくなります。
ですので、他チームのマシンでは出ていないブリスターが、メルセデス勢だけに出てしまっても不思議ではないですよね。ブリスターというものは、アンダーステア、オーバーステアなどで出るものではなくて、違った理由でも出てしまいます。
その部分でメルセデスが持っていたこれまでのアドバンテージが、軟らかいタイヤコンパウンド、そして夏の暑い時期の状況下だとディスアドバンテージになってしまいました。今回に限っては、何か悪い部分がちょうどリンクしてしまったんでしょうね。メルセデスはサスペンションジオメトリーからのタイヤへの負荷のかけ方やパワーユニットのパワーの出し方など、苦手な部分がポイントにはまってしまった可能性があります。
ドライバーはタイヤにブリスターが出たとき、極端にフィーリングが変わる場合と意外に変わらない場合の両方のパターンがあります。ブリスターが出た場所であったり、ブリスターの大きさによってフィーリングは変わります。ブリスターが出たことによってクルマのバランスが違ってきたなと感じるときと、意外に変わらないなと感じるときもあります。
僕も全日本F3000をを乗っているときに、まさに同じようなブリスターがよく起きました。ドライバーとしては怖いですよね。フォーミュラカーだと見た目でもタイヤの表面が分かるので、『うわ〜〜』という風に不安になるんですけれど、意外と走れてしまう場合があります(笑)。
ただ、普通に走れてしまうこともありましたが、その状況で長くは走れません。僕の記憶ではブリスターが出ていきなりグリップダウンしてペースが落ちるというのとは、少し違ったメージでしたね。
ブリスターとは違って、グレイニング(タイヤが温まる前に表面を激しく使用した場合などに発生するタイヤ表面のささくれ摩耗)が出るとわかりやすくて、タイヤの表面のコンパウンドが消しゴムのように削れてくる状況になると、一気にグリップがなくなってペースが落ちてしまいます。ブリスターとグレイニングは少し違ったイメージですね。
ドライバー側としてはフォーミュラカーの場合、リヤタイヤの状況もミラーで見ればわかりますが、体でも感じながら判断します。グレイニングよりは、ブリスターの方が感覚的には分かりにくいです。見た目的にはブリスターのほうが分かりやすいんですけれどね。
ただ、ブリスターはできた場所や大きさ、種類にもよりますが、ひどくなってくるとクルマにバイブレーションが起きたりします。でも、ブリスターはタイヤの温度が上がって起きる現象なので、温度を下げる走り方をすると意外に走れたりもします。
今回のメルセデスの場合も滑っているからというわけではなくて、単純に路面温度が高く、タイヤへの攻撃性がすごく高くて、タイヤの限界値をそもそも超えてしまって、温度が上がりすぎてブリスターが発生していると考えられますね。
レースに話を戻しますと、決勝のファーストスティントでフェルスタッペンがハードタイヤで周回を長く走ることができたのが、勝因のひつですね。その後、1回目のピットインでミディアムタイヤに交換して、2回目のタイヤ交換に関してはルイス・ハミルトン(メルセデス)に合わせたという感じですね。ガチの勝負に持ち込むようにという形にしたんだと思います。1回目のハミルトンのピットイン後、ハミルトンのタイヤを変えたときのペースをみて『勝機がある』ということ確信したのでしょうね。
■F1にF2、そしてスーパーGTと週末で3勝を挙げた『真夏のホンダ祭り』。レッドブルの躍進はスペインGPでも続くのか?