これで琢磨には勝負権が出てきた。シボレーのパワー面のアドバンテージも、昨年と比べてレースブーストでより小さくなっているように見えていた。しかし、インディ500で勝つドライバー/チームというのは、いつでもスピードとハンドリングを最高レベルで両立したところ。それがパジェノーであることは、ここまでの戦いでくっきりと浮かび上がっていた。
彼のフロントウイングの調整はレースを通して2回、それぞれハーフターンと小さいもの。マシンのベースセッティングが高く、予選2日目のコンディションを最も正しく見極めて調整を施したエンジニアのベン・ブレッツマンが、レースデイのエアロセッティングもベストなものとしていたようだ。
慎重に走りすぎた16年の経験をもとに、パジェノーは攻めの走りを展開。序盤に燃料を使いすぎたが、その対応はレース後半に回すこととしていた。チームメイトの背後を走り、ロッシにも先行させて燃費もセーブ。そして、複数回のイエローが彼の心配を吹き飛ばすなど、展開はパジェノーに味方していた。
琢磨の最後の14周はパジェノー対ロッシのバトルと変わらないほどにエキサイティングだった。目の前に4台しかいない状況でリスタートを迎えた琢磨は、大きなチャンスの到来を感じていたはずだ。
グリーンフラッグが振られるとドラフティングをうまく使い、ターン1でアウトからカーペンターをパス。そのままインへと切り込んでターン2手前でニューガーデンのインをうかがう。リスタート直後でマシン同士が接近している状況下、バックストレッチでカーペンターが大きなトウをゲット。琢磨のイン側から前へ出ようとするが、琢磨はスピードを緩めることなくターン3へ進入。2台はサイド・バイ・サイドのままコーナーを回り、ターン4に向かうショートシュートまでで琢磨はカーペンターに先行した。
4番手には浮上した。次なる獲物はニューガーデン。17年のシリーズチャンピオンはインディ500では終盤に繰り広げられる超アグレッシブなバトルを経験したことがまだない。彼を追う立場の琢磨は12年の最終ラップでのダリオ・フランキッティへのアタックなど経験を積んできている。琢磨は滑るマシンでも全開モードを保ち、191周目のターン3 で、ここでもアウトからニューガーデンを攻略した。
残るはパジェノーとロッシの2台。彼らも17年勝者が背後に来たことは当然知らされていた。琢磨はジリジリと差を詰めていく。だが、順位を入れ替えながら走っていた彼らに仕かけるまでには至らず、パジェノーからコンマ3秒差の3位でゴールとなった。
「パジェノーが速すぎて……。500ですからね、前があと2台になったときには、やるっきゃないって思っていました。勝ちたかった。そうできなかったのは悔しいけど、王者となるのにふさわしい速さで走りとおしたパジェノーを今日は讃えたいですね」と琢磨。リードラップに復活した後、全力を出し切っての3位には大きな充足感を得ていたようだった。
いまの琢磨は、インディ500で勝つために何が必要なのかを理解している。どんなマシンでなら最終スティントでの激しいバトルを戦い抜けるのか、優位に立てるのか。琢磨はレースを戦うなかで、マシンをそうしたものに仕立て上げていった。最終スティントでのバトルの過激化を12年に身を持って感じた彼は対処法を考え出し、それを実践することによって17年に初優勝をつかみとった。
今年はカーブデイに手応えを感じると、レース終盤にトップグループに復活して実力を発揮。カーペンターとニューガーデンのパスは土壇場の戦い方を心得ている琢磨だからこそ成せた技で、3番手に上がった彼を前のふたりも強く意識していたはず。
つまり、いまの琢磨にはライバルたちに「最もやっかいな相手と戦わなくてはならない」と思わせてしまう存在感があるのだ。ここ最近の充実ぶりと円熟味で、相手は琢磨の引き出しの多さも意識。インディカーの世界では「奇跡的なアタックを成功させてしまう男」と畏怖されてもいる。
実際、ロッシに襲いかかり、その勢いのままパジェノーにアタックしにいくのか? という勢いが最後の14周の琢磨にはあった。今年のインディ500を3位で終えたいま、琢磨は来年の戦いをいまから楽しみにしているだろう。インディ500での2勝目はいまや琢磨にとって現実的な目標となっているのだ。