少し前の話になるが、8月23日・夏の終わりの日曜日、東京のど真ん中といっても差し支えない六本木の街をレーシングカーが疾走した。六本木ヒルズに隣接する「けやき坂通り」。隣では森ビルが夏祭りを開催しており、近隣の麻布十番でも納涼祭。そのお祭りムードいっぱいの場所を、レーシングカーが走ったのだ。歩道を埋めた観衆は5000人以上。50社以上の報道陣が集まって取材に色めきたった。
実は、その日のレーシングカーのデモンストレーションラン(デモラン)にはふたつの大きな意味があった。ひとつは、日本の公道をレーシングカーが正式に走行するのは初めてということ。ふたつめは、走ったのは動力がオール電気のフォーミュラEというクルマだったこと。画期的なふたつの事象はともに強い連携を持って、日本が新しい時代に一歩踏み出したことを意味した。
まず、我が国で公道を閉鎖してレーシングカー(つまりナンバープレートが付いていないクルマ)が走ったことは、数えるほどしかない。特に東京では、お台場の公道をスーパーGTマシンなどが走ったことはあるものの、今回の様に都心の公道における、フォーミュラカーによるデモランは初めてのことだった。
このデモランが可能になったのには理由がある。ご存じかと思われるが、何年か前から自民党の若手議員の間で「自民党モータースポーツ振興議員連盟」が誕生、我が国でもモナコGPやマカオGPのように市街地でレースを行い、モータースポーツの認知度をより高めようという動きがある。まもなく、国会に「モータースポーツの振興に関する法律案」が提出され、近い将来公道でのレース開催を目指しているという。今回のデモランは、そのプロローグ的な意味を持つ。会場にはモータースポーツ振興議員連盟の会長を務める古屋圭司衆議院議員も馳せ参じて、観衆の前で公道レース開催の気炎を上げた。実際に、フォーミュラEは近い将来我が国の公道でレースを行いたい意向で、フォーミュラEホールディングス(FEH)会長のアレハンドロ・アガグ氏も来日してデモランを見守った。
ふたつめは、今回デモランをしたのは動力が電気の電動自動車(EV)であるということ。バッテリーを積み、モーターで駆動力を得て走行する。プリウスに代表されるハイブリッド車はエンジンとモーターの併載だが、フォーミュラEは純粋にモーターだけ。よって、自動車の一番大きなマイナス点である燃焼ガスの排気がない。つまり、究極的に環境に優しいクルマと言うことが出来る。FEH会長のアガグがFEの市街地レースを推し進めるのは、こうした背景があるからだ。
しかし、市街地レースの実施は、慎重に考えならなければならない。既存のサーキットがあるのに、市街地レースは必要か? 市街地レースはモータースポーツ文化の定着に本当に役立つのか? こうした根源的な疑問に対し、主催する側はしっかりとした答を持っていなくてはならない。また、こうした疑問とは別に、市街地のレースは自然と開催場所が限られ、集客に難があるようにみえる。公道脇に観客スタンドを設ける際の調整も難しそうだ。それが証拠に、日本以外のレースも市街地にコースを設定できればよく、必ずしも公道に拘っているわけではなかった。ベルリンは市街地にある使われていない空港、イギリスは公園が舞台だった。日本で市街地レースとしてフォーミュラEが行われる場合、場所の問題もあるが、レース単体だけで行うのは難しいだろうという危惧もある。フォーミュラEチームを持つ鈴木亜久里がよく言うように、「EVイベントなどを併載して世の中の注目を集める形式で行われるべき」というアイデアが、実現性が高いと思われる。
解決が必要な点はあるものの、我が国におけるフォーミュラEレースはすでに開催に向けた幕を上げたと見ていいだろう。ひとたび具体的に動き始めると、電気自動車に疑問を持っている自動車メーカーも無関心は貫き通せないはずだし、自動車メーカー以外の業種の企業が放って置かないだろう。その成り行きを我々は時代の節目として見ることが出来るはずだ。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
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