2004年終盤から2009年末までトヨタF1チームに所属したヤルノ・トゥルーリが、イタリア人ジャーナリスト、パオロ・チッカローネのインタビューにこたえ、フェラーリからオファーがあったにもかかわらず、トヨタとの契約を尊重して断っていたことを明かした。

 トゥルーリは、2004年の最後から2戦目となる日本GPからトヨタに加わり、同チームで過ごした約5年の間にポールポジション2回、表彰台7回を獲得、チームの最高位2位を達成している。

 トヨタは2009年末でのF1撤退を決め、トゥルーリは翌年、新興チーム、ロータス(現在のケータハム)に移籍、2年を過ごした後にF1の世界から退いた。

 トゥルーリは具体的な時期について明かしていないが、トヨタと契約している間に、当時フェラーリチームのボスを務めたジャン・トッドからオファーを受けていたという。

 イタリア出身のトゥルーリにとってフェラーリは特別な存在であるが、彼にはトヨタとの契約があり、トヨタのために初優勝を飾りたいという目標があったため、トッドからの申し出を断った。

フェラーリからのオファーは光栄だったがトヨタが大事だった

 トッドからフェラーリに加入するようアプローチがあったにもかかわらず、なぜそれを受けなかったのかとの問いに対し、トゥルーリは以下のとおり答えた。

「僕にはトヨタとの約束があった。彼らと契約を結んでいたんだ」とトゥルーリ。

「イタリア人ドライバーにとってフェラーリは最高の存在だし、トッドからオファーを受けたことをとても光栄に思った。彼が僕を信じ続けてくれたことには感謝している」

「でも僕は古いタイプの人間だ。約束したらそれを守る。それにトヨタには素晴らしい人たちがいたから、余計に約束を破りたくはなかった」
「トヨタでレースができて幸せだった。僕は本当に彼らにF1初優勝をもたらしたかった。彼らは勝利に値したからね」

トヨタは勝利に値しただけに今でも残念

 トヨタがF1から撤退した直後、悲願の優勝まであと一歩だったとして悔しさを滲ませていたトゥルーリは、今になってもF1において一番心残りなのは「トヨタにとっての初優勝を挙げたかったのに、それができなかったこと」であると述べている。

「それができていれば、今もトヨタはF1で活躍していたかもしれない。新しいレギュレーションを考えれば、ハイブリッドの分野で成し遂げてきたような優れた仕事ができたかもしれない」

 2014年、F1は1.6リッターV6ターボエンジン採用という大きなレギュレーション変更を導入する。トゥルーリはトヨタが将来F1に復帰するのであれば嬉しいし協力したいと述べている。

■ヤルノ・トゥルーリQ&A(1)はこちら
「トヨタF1の成功を阻んだのはひとりの男だった」トゥルーリQ&A(1)

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