イギリスGPのためヒースロー空港に到着すると、パスポートコントロールで「目的は?」と訊ねられる。「F1の取材です」と答えると、必ず「今年は誰が勝つと思う?」と返ってくる。
大陸側のEU圏ではパスポートコントロールなしで移動できるのも理由だが、イタリアの場合「フェラーリ、いけるかな」という会話が始まるのはたいていレストラン。「明日は晴れるかな」という、あいさつ程度の話題が「フェラーリ」なんである。お店が混雑のピークを過ぎていると「やっぱり空力が足りないのかなぁ」だとか「モンツァ仕様でどうだろう」だとか、会話が深まっていくこともあるけれど、それはここでは自然なことなのだ。
洒落者の男たちにとっても“マンマのパスタ”が絶対的な力を持っているのと同様、フェラーリへの気持ちはイタリア人にとって“もの心ついたときには、すでにそうなっていた”というもので、信仰にも似ている――理屈ではなく、アイデンティティの一部なのだ。
モンツァでも自由席にはピクニック状態で観戦している家族連れがたくさん見かけられるが、子供たちが好きに騒ぐのを許していたお父さんも、フェラーリがコースインすると「見なさい!」と指令を出す。無視する子供はいない。結果、大人も子供も全員がそれまでの動きや会話を止めて、赤いマシンに集中する。ティフォシというとスタンドや表彰台の下で熱狂しているイメージが強いけれど、勝ち負けがかかっていないフリー走行の間はこうしてミサのように神聖に、祈りが捧げられている。こういう環境で、イタリアの子供たちは育っていくのだ。
かつてフェラーリのドライバーが定宿にしていたホテルの隣では、教会も日曜朝の礼拝を伝える鐘を鳴らすことを控えた。理由は「フェラーリのドライバーがまだ眠っているかもしれないから、睡眠を妨げてはならない」というもの――言うまでもなく、ローマ法王のおひざ元、カソリックの国での話である。
ジャン・アレジがフェラーリのドライバーであった頃は、主催者が「日曜日の予想観客数は20万人」と伝えた。その数字の信ぴょう性はともかく、サーキット周辺が大渋滞に見舞われ、モンツァ公園に人が溢れていたことは間違いない。プラス「不法入場者を加えると22万人」――これも主催者発表。F1全体がいまより大らかだった時代、フェラーリを応援するためなら多少のことは許されていたのかもしれない。
今日のF1ではドライバーよりチームの力が強い(印象を与える)ケースもあって、それはファンにとって必ずしも嬉しい方向ではないけれど、フェラーリだけは別。ミハエル・シューマッハーもフェルナンド・アロンソも、何よりもまず“フェラーリのドライバー”と表現される。ドライバーが小さく見られているわけではなく、スクーデリアが国家的な存在であってローマカソリックのような信仰の対象であるから、赤いマシンを委ねられる栄誉は計り知れないものなのだ。
ただ、そんなティフォシの愛情がスクーデリアにとって両刃の剣となったこともあって、ミケーレ・アルボレート以降、チームはイタリア人をレギュラードライバーに選ばない方針を採ってきた(1992年のイワン・カペリが唯一の例外だ)。だから、チームとしては大不振の時代にあったにも関わらず、ジャン・アレジの人気は絶大だった。アレジはフランス生まれのフランス人でも、血筋は完璧なイタリア人。何より、彼自身がティフォシのひとりであったから――サーキットのゲート付近、ファンに囲まれて動けなくなったクルマのなかで、パートナーの久美子さんが「この人たちのために、優勝して」と涙を流した。日曜日のレースを2位で終えたとき、イタリア語の会見でジャンは「僕はみんなに勝つと約束してきた。その約束は守れなかったけれど、2位は全力を振り絞った結果だよ」――これを聞いて涙したのは、ティフォシとイタリアのマンマたちだった。
シューマッハー/ジャン・トッド/ロス・ブラウン/ロリー・バーンの時代にフェラーリは全盛期を迎え、世界中のティフォシが熱狂した。ただ“外国から来た精鋭”たちに支えられた戦績は、どこか地元イタリアに馴染まない一面があったのかもしれない。フェラーリが絶対に勝てるレースでも、モンツァの観客数は6万人まで低下した。おそらく、その後の“イタリア回帰”政策と無縁ではない。そこには、ジャン・トッド以前にフェラーリが不振だった要素も含まれているのだから、フェルナンド・アロンソの使命は困難で重い。アロンソのチャレンジ、彼の目標は、この困難を呑み込んで10年前とは違う“真のイタリアチーム”を成功に導くことにある。
隣国というのはたいてい仲が良くないものだが、幸いなことにスペインとイタリアは共通する文化と、相互の敬意を持っている。アロンソがフェラーリで初めてのテストを走ったときには、カルロス・サインツもJrも、F1とは関係のないジャーナリストたちも駆け付けた。“歴史的な瞬間”を自分の目に焼き付けて、孫子の代まで伝えるために。いまはふたつの国が赤と黄色に染まっている――フェラーリのコーポレートカラーも、実は黄色。
パワーユニット元年の今年、フェラーリはここまで勝利を飾っていない。モンツァの特性を考えると、メルセデス勢が有利なことは間違いない。ウィリアムズもおそらく、スパ以上の速さを発揮する。
注目は、ダウンフォースが削減された今年、さらにダウンフォースを小さくした仕様が投入されるモンツァでの、ドライバーのコントロール能力。パラボリカのランオフエリアは舗装されたが、もっと難しいのはレズモである。フェラーリの困難はハードタイヤの投入によってさらに大きくなるが、期待はアロンソのドライビング、とりわけブレーキングの能力だ――ブレーキ・バイ・ワイヤを正しく仕上げるためにはドライバーのフィードバックが不可欠で、フェラーリはスパのような失敗を繰り返すわけにはいかない。
時速340㎞から85㎞まで減速する1コーナーでは、2.6秒間ブレーキを踏む。ここはもちろん、ブレーキシステムにとって年間でもっとも苛酷なポイント。そして、1周で7回しかブレーキングしないレイアウトにもかかわらず、ラップタイムに占めるブレーキング下の時間は11%。マクラーレン時代の2007年、アロンソはここでチームメイトのハミルトンに大差をつけた。パワーを誇るメルセデスにとっても、最大の課題はブレーキ。ハミルトンの悩みを解決しなければ安泰とは言えず、ウイリアムズやレッドブルが背後に迫ってくる。
