私はこれまで、モータースポーツの世界には現実にならない噂はないと信じてきた。それは、ホンの小さな取るに足らない噂でも、時間が経てば必ず現実になることを目で見、耳で聞いてきたからだ。
しかし、先日のウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の記事には驚いた。その記事とは、フェラーリがF1グランプリから撤退してWEC(世界耐久レース選手権/ル・マン24時間を含む、耐久レースの世界最高峰)に参戦する可能性があるというもの。ル・マン24時間レースを訪れたフェラーリのルカ・ディ・モンテゼモロ会長がそう語ったとWSJの記事に出ていたのだ。しかし、私は誰がなんと言おうと、これは噂に過ぎないと信じている。
恐らくWSJの記者はモンテゼモロの性格をよく知らなかったのだと思う。モンテゼモロは平気で記者を騙す。騙すという言葉が正しくないとすれば、起こりえないことをさも起こりえるように語る。彼のことをよく知る記者は、また会長の戯言が始まったと思うのだが、知らなければ本気にしてしまうかも知れない。
考えてもみるが良い。フェラーリはF1グランプリが始まって以来、一度たりともF1活動を休止したことはない。常日頃彼が口にしているのは、「我々はスポーツカーメーカーだ。F1なくしてフェラーリはない」というもの。活動資金をスポンサーに頼っていても、F1活動の休止は絶対にない。
この話が出て来たのは、モンテゼモロ会長がフェラーリF1の不調に我慢できなくなってきた証拠だろう。彼は追い詰められるとこうして周囲に不満をぶつける。だが、フェラーリからF1を取れば何も残らないことを、彼が一番よく知っている。
確かに、ル・マンに来た時には「スポーツカーレースをやりたい」と言った。「F1とスポーツカーの両方は同時に出来ない」とも言った。だからといって、フェラーリがF1を止めるとモンテゼモロ会長が考えていると思うのは、彼を知らない人の短絡的な考えだ。
しかし、フェラーリと違って現実になりそうな噂はいくつかある。ケータハムF1の活動停止の可能性は、とても噂だけだとは思えない。
2010年にF1に参戦して以来(2010年と2011年は“ロータスF1チーム”としての出走)、選手権ポイントは1点も獲得していない。活動経費はチームオーナーのトニー・フェルナンデスが全て用意してきた。チームが大口のスポンサーを獲得してきた気配はない。それは、スポンサーマネーでの活動が基本であるモータースポーツの世界において、異端児的存在に他ならない。
モンテゼモロ以上にF1から興味を失ったフェルナンデスは、いつ活動を休止しても不思議ではない。フェルナンデスはそれを否定したが、否定しなければならない噂が出ていること自体、チームは揺れていると言うことだろう。モータースポーツをビジネスとして捉えるフェルナンデスには、全ては数字なのだ。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
AUTOSPORTwebコラム トップ⇒http://as-web.jp/as_feature/info.php?no=70