なんだか最近のF1は、レースを見ているよりチームのお家騒動やドライバーの移籍話を聞いている方が面白いような気がする。面白いと言えば語弊があるかもしれないが、どこのレースでもメルセデスAMGが圧倒的に速く、ウイリアムズやレッドブルが頑張っているが、それでもメルセデスAMGには追いつけない。
「フェラーリのミハエル・シューマッハーが勝ち続けた時代があったじゃないか」という反論があるだろう。フェラーリ圧勝で今と状況は同じだ、と。いや、ひとつ違いがある。シューマッハーはスターだった。しかし、現在メルセデスAMGチームのドライバー、ルイス・ハミルトンもニコ・ロズベルグも、まだ彼ほどのカリスマ性はなく、スターとは言い切れない。スターは何勝しても構わない。しかし、スターではない者が勝ち続けるほどつまらないレースはない。勝ち続ければスターになれるのか? いやいや、そもそものカリスマ性が違う。つまり、今のハミルトンがいくら勝ってもロズベルグが何勝挙げても、F1レースは面白くならない。
前述したがチームのお家騒動やドライバーの移籍話を聞いている方が、今はよっぽど面白い。お家騒動と言えば、その最高ランクはフェラーリだろう。23年間経営のトップに立ち続けてきたルカ・ディ・モンテゼモロ会長が、とうとうフェラーリを去ることになった。F1に於けるフェラーリ不振の責任を取らされたと言われるが、本当はそんな理由ではなさそうだ。では、本当の理由とは? フェラーリの親会社、フィアットCEOのセルジオ・マルキオンネに権力争いで負けたのではないか、と言うのが通の見方だ。そして退任を選んだということだ。
フィアットは米クライスラーと10月に合併し、ニューヨーク市場に上場する。そのタイミングでディ・モンテゼモロは退任し、マルキオンネがフィアット/クライスラーの会長職のままフェラーリの会長も務めることになる。ディ・モンテゼモロはフェラーリの販売台数を年間7000台にまで伸ばし、経営者としての手腕を発揮した。しかし、F1ではここ数年まったく鳴かず飛ばず。フェラーリにおいては、F1は量産車の販売と同様に重要なビジネスだというのに。
ご存じのようにディ・モンテゼモロは故エンツォ・フェラーリの片腕としてF1チームを切り盛りしていただけに、F1の重要性は誰よりも知っている。出来るなら、自らの手でフェラーリF1を建て直したかったのではないだろうか。その志半ばで会長職を追われる無念は想像に余りある。しかし、繁栄する帝国がいつかは衰え、権威を振るった帝はその座を追われるのは世の常。ディ・モンテゼモロの退任も、そのように映る。彼はフェラーリ会長職を退くことを「ひとつの時代の終わり」と表現した。そこには無念の気持ちと自分が打ち立てた功績と誇りが複雑に入り交じっているように思える。
確かに、フェラーリF1チームはディ・モンテゼモロに支えられていたところがある。その彼がいなくなるとチームはどうなるのか? マルキオンネは復活させることが出来るだろうか?
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
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