佐藤公哉選手に会ってきた。7月に初めてF1のテストドライブをしてから帰国、短い夏休みを故郷で過ごしている。8月1日、イタリアのスポーツビザ取得のために東京のイタリア大使館にやって来たので、そのチャンスにお会いした。ところが会うなり、佐藤選手はオカンムリだった。
「イタリア大使館の担当の人に、実家を出る前にビザ申請の件で電話をしました。イタリアのチームから書類も大使館に届いているとのこと。その他の必要書類を持って上京しました。申請はスムーズに行きそうだったのですが、最後の段階で責任者だという日本人の男性が出て来て、『書類に書かれてあることに不備があるので申請は受け付けられない。大阪の領事館に行けば何とかなると思う』と追い返すのです。領事館に連絡してくれと言っても取り合ってくれません。東京まで来いといったのは大使館ですよ。それが掌を返したように追い返すんですからね。わざわざ関西から出て来たのに」
外国の大使館で働く日本人の横柄な態度はかねがね聞いていたが、それをまともに見せつけられた佐藤選手、頭にきて当然だろう。大阪の領事館で良いなら、電話で相談した時にそう言えば良いのだ。若者に時間と金を無駄に使わせてはいけない。担当官には倍返しだ!
すみません、話が最初から横道へ逸れた。それというのも、始発の新幹線で東京まで出て来て酷いイタリア大使館員に無碍にされた佐藤選手の話を聞いて、私も頭にきたのでつい。一緒にイタリア大使館に乗り込んでやろうと思った。という話はここまでにして……。
その佐藤公哉選手、ご存じのように7月19日、イギリス・シルバーストンで行われたF1若手テストでザウバーに乗った。佐藤選手は現在AutoGPというカテゴリーのレースに参戦中で、現在同点ポイントリーダーとして選手権を席巻している。その才能はすでにいくつかのF1チームから目をつけられてはいるが、実際にテストに漕ぎ着けるのは至難の業だったはず。佐藤選手のアドバイザー的役割を担う、井上隆智穂氏の尽力の賜だろう。
では、佐藤公哉選手はF1に初めて乗って何を感じたか? まず彼はこう言ったのだ。
「F1のコクピットにおさまるのは、まるで巨大なロボットの運転席に着くようなものです。ガンダムのようなロボットの運転席です。そこでわかったのは、ロボットの威力が大きければ大きいほど強いように、F1マシンもその威力が大きいほど速いということです」
彼は初めて乗ったF1マシンの運転席で、自分がロボットの一部分になった様に感じ、巨大な力を身体全体で感じ取ったのだ。つまり彼は、初めて乗ったザウバーをして、まだまだ威力は大きくないということをたちまち理解したのだ。つまり、フェラーリやマクラーレン、レッドブルといったF1マシンに乗った時のことを想像できたということだ。佐藤選手のこの言葉を聞いて、私は彼に天性のドライバーとしての才能を感じた。
もちろん、初めてF1に乗って驚いたことはいくつもあったようだ。
「とにかく敏感です。ステアリングを切ると、瞬時にフロントが反応します。右に切れば考える間もなくクルマは右に曲がっている。AutoGPではステアリングを切ってもクルマはゆっくりと曲がります。もちろん、F1に乗るまではそんなことは感じませんでした。しかし、F1を経験したらAutoGPはそう感じられるはずです」
「もうひとつ驚いたのはブレーキです。AutoGPのスチールのディスクと比べ、F1のカーボンブレーキは強烈な効き方をします。つまり、コーナーがあっという間に迫ってきてあっという間に去っていくという感じです。ガツンと踏むんですが、これは強烈でした。最初は使い方がわからなくてどこで踏めばいいか迷ったんですが、慣れると強烈です」
そして、問題もあった。それはベケッツのような高速コーナーを走ると、首にかかるGが恐ろしく強烈(強烈という言葉が良く出てくるが、F1はそれほど強烈と言うこと)で、走りながら佐藤選手はこう思ったと言う。「このスピードで何周も何周も走ると、絶対に首が悲鳴を上げる。こりゃあ鍛えなきゃいかんぞ」と。
しかし、テスト走行自体は成功裏に終えることが出来たと言えるだろう。テストは19日に丸一日走り、午前中に走った時のタイムがベストだった。
「ザウバーにはミディアムとハードのタイヤしかなく、タイムを出す状況ではありませんでした。午後にはクルマにも慣れてきたのでタイムアタックもしようと思いましたが、風が強く埃がコースを覆った状況で、結局タイム短縮は無理でした。チームもそのことはよく理解してくれており、一定の評価は頂いたと思っています」
彼の冷静さは、次のような言葉に表れている。
「タイヤは性能劣化が激しく、あっという間にグリップが無くなりました」
「走行中にエンジニアが無線で喋ってくれるのですが、まるでロボットのように無機質で、必要なこと以外はひと言も喋りません。クルマを降りて一緒に食事をする時などには冗談も言い合ったんですが、仕事中はまるでロボットのようでした。プロの仕事の仕方を学びました」
最後に、佐藤公哉選手が経験した中で最も有意義なことは?
「ベッテルと一緒に走ることが出来たことです。『ベッテルが後ろから来るぞ』と無線で連絡をもらったときには、邪魔しないように避けなければとビクビクしながら走ったんですが、同じタイヤで後ろについて走った時には5周ほど離されることなく走ることが出来ました。これは自信に繋がりましたね」
F1の凄さを経験して、佐藤公哉選手は自分の中の何かが変わったことに気づいたはずだ。その経験を糧に、シーズン後半戦のAutoGPでは一気にトップを確実なものにし、チャンピオンに向けて突っ走って欲しい。それにしても、彼の話を聞くにつけ、現役F1ドライバーの凄さには圧倒される。佐藤選手も近いうちの彼等の仲間に入ることだろう。その日は案外早く来るかもしれない。おっと、その前にイタリア・ビザだ!
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
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