赤井邦彦がF1のホットな話題について、鋭い論評を繰り広げる連載「エフワン見聞録」
5月16日、東京・青山の本田技研工業本社でホンダのF1復帰会見が行われた。当日の朝に「緊急記者会見のご案内」というメールが届いたのだが、海外からの出席者(マクラーレンのマーティン・ウイットマーシュ)は前日に来日して会見に登場したのだから、予定は以前から決まっていたはずで……まあ、それはそれとして置いておこう。
それにしても、ホンダとF1の繋がりがこれほど一般的に強く認知されていることには、驚くばかりだった。ホンダのF1復帰は朝日新聞がスクープ(ホンダからのリーク?)し、会見には自動車関係、モータースポーツ関係メディア以外にも、一般紙やテレビ局が大挙して押し寄せた。当日夜9時のNHKニュースでは、他に大きなニュースがなかったとはいえ冒頭のニュースとして取り上げられたというから、メディアの関心度は絶大だったということだ。メディアの関心度は、イコール一般民衆の関心度と理解してもいい。
会見の内容はすでに多くのメディアで流れているとおり、2015年からマクラーレン・チームへのパワーユニット供給メーカーとしてホンダがF1に復帰するというもの。2008年に終えた第3期のF1挑戦が不満な結果しか得られなかった点を反省し、勝利を狙っての参戦になる。「一番じゃなきゃF1に挑む意味がない」と、伊東孝紳ホンダ社長は宣言した。第3期の失敗は技術面ではなくチームマネージメントだったという(第3期ではホンダは自らのチームとしてF1に参戦。2輪の専門家をF1技術部門トップに置くなどちぐはぐな運営が目立った)。その反省を受け、第4期になる今回のF1参戦はパワーユニット(エンジン+エネルギー回生システム)に的を絞ることになった。
2014年からF1のエンジンはターボチャージャー付きの直噴1.6リッターV6になる。これは一般車のエンジンでも流行のダウンサイジングだ。これまでF1エンジンは3リッター・NA(自然吸気)、1.5リッター・ターボ、3.5リッター・NA、3リッターV10・NA、2.4リッターV8・NA等と変遷を経てきた。開発費を抑えて自動車メーカーの負担を減らすといった目的もあって近年は排気量が縮小気味になり、規格の統一も図られてきたが、環境に配慮するといった気の利いた理由は以前は聞かれなかった。それは、世界最速を誇る競技に参加する自動車のエンジンが環境に配慮するなどという御為ごかしはまっぴらだ、とF1関係者や自動車メーカーの技術者は考えたからだ。真っ当な考えである。
しかし、時代がそれを許さなかった。自動車そのものが環境破壊の尖兵としてやり玉に挙げられるようになって以来、自動車メーカーは環境に配慮した自動車技術の開発に邁進、トヨタのプリウスなどは排気が大気よりもキレイとさえ言われるまでになった。燃費も燃料1リッターあたり軽く20kmを超えるものも出てきている。自動車技術全体が環境を無視できなくなった今、いかにF1といえどもその流れに逆らうことはできなくなったのかもしれない。あるいは、環境に配慮した技術を採用することで、F1の価値を上げることを狙ったとも受け取れる。技術開発だけでなくマーケティングやプロモーションに多用されるF1は、その存在自体が時代に受け入れられなくては価値を失う。その辺りのことを読み取った関係者がF1の姿を決め、自動車メーカーの参入推進を図ったということだ。来年からの技術レギュレーションの変更は明らかにその中のひとつで、エンジンのダウンサイジングと、09年から導入されているKERS(運動エネルギー回生システム)の技術をさらに進めたERS(エネルギー回生システム/運動エネルギーだけでなく、熱エネルギーも回生することができる)の使用が求められることになる。
案の定、ホンダはこの技術レギュレーション変更が、F1復帰の理由のひとつになったと言う。市販車に活かすことのできる技術とF1を繋ぐことで、復帰の大義名分ができたということだ。しかし、私を含めてホンダファンの多くにはそんな理由付けは不要である。がんがん燃料を食って、ばんばん馬力を出すエンジンで圧倒的な速さを誇ってほしい。そんなことを言うと、ホンダの関係者に呆れられるだろうか? いずれにせよ、“F1はスポーツである”という点をもっと強調すれば、許されることもあってしかるべきだ。
会見では知りたいことがあまり語られなかった。現時点でのエンジンの開発進行具合、担当エンジニアの名前や開発グループの陣容、FIA技術担当からホンダへやって来たジル・シモンの役割、マクラーレンとの契約期間、更には噂に上がった小林可夢偉ドライブの可能性などを質問したかったが、あっという間に質疑応答の時間が終了してしまった。こうした疑問にはこれから先ゆっくり答えていただくとして、まずはホンダのF1復帰を心待ちにしながら日々を送ろう。それにしても、まだ1年半も待たなければならないとは……歳とるなあ。
赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。
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