2016年、最初のF1合同テストは3つの衝撃で始まった──。ひとつ、最大の驚きはメルセデス・チームが4日間に10レースぶんの3142kmを走破。これは昨年最初のへレス・テストより約900km多い。彼らは昨年3回(12日間)テスト総合計距離6112kmの半分以上を最初の4日間で一気に走りこんだ。2回に減り、例年より遅れた開幕前テストで昨年と同等の距離をこなし、絶対の信頼性を確保するのが狙い。F1ニューマシンのシェイクダウン・テスト“常識”を超える「量産車・耐久確認試験」。新発想を取り入れたメルセデスは見事にやりきった。
ふたつめの衝撃はニューマシン初試走タイムレベルが上昇、ピレリ新ウルトラソフトでベッテルが最速1分22秒810を2日目に記録。昨年スペインGPのポールポジションタイム1分24秒681を上回り、テスト最速1分22秒792(いずれもニコ・ロズベルグが記録)に肉薄。タイヤに厳しいバルセロナでも、ウルトラソフトはスーパーソフトより平均値0.8秒アップ、かつての予選専用「Qタイヤ」を思わせる。大幅なタイムアップが期待でき、第5戦から導入予定の新予選規定では一層バトルが白熱するだろう。
みっつめの衝撃は体制変更チームと新結成チームが4日間で急速にポテンシャルを発揮。フェラーリのパワーユニットへスイッチしたトロロッソはメルセデスに次ぐ2080kmをカバー。新生ルノーは最終日に総合トップ10タイム、メルセデスを得たマノーも2日目にトップ8へ入った。新規参入ハースは1308kmを走り、3日目はロマン・グロージャンが2位(!)と新風を吹き込んだ。『やっちゃえ、ハース』……既存チームへの警告で下剋上の予感が漂う2016年の新構図だ。
メルセデスは正常進化を超える「超・進化型」路線を踏襲、フロアやノーズなど先進的な空力アイデアをW07に投入。絶対信頼性を目指すPU106Cは、さらに先鋭的なERS制御がなされ、限りなくMAX1000馬力に接近、強力トルクを発生。ルイス・ハミルトンもロズベルグもスライド・コントロールしつつ、レース想定ランに打ち込んだ。ミディアムタイヤしか装着しなかったのは「オーバーパワー傾向」なマシンのタイヤ・マッチングを徹底検証したとも読める。ソフト寄りのスペックで、どういう挙動を示すか、次のテストを待とう。
きめ細かく、あらゆる部分を一新したフェラーリSF-16Hには「復興第2段階」の野心ありあり。空力、サスペンション、パワーユニットのレイアウトなど、すべてフルモデルチェンジ、いわば“脱アロンソ型”の新体制バージョン。2年目セバスチャン・ベッテルの要望を反映して、フロントの挙動がリニアな応答性に変わった。これはキミ・ライコネンのスタイルにもぴったりで、鋭敏なプルロッド式を絶ち切ったところに新体制の改革意識を感じる。だが、これほどアグレッシブに変えれば確認作業が必要。走行距離は6番目、1643kmも覚悟の上だ。総合1位ベッテル、3位ライコネン、セットアップ途中でタイムはまずまず。フェラーリは開幕までにパワーユニットのアップデート計画がある。次回テストでチェック、開幕本番さらにファインチューニングして臨む。彼らも王者同様に手の内をすべて見せてはいない。まとめると2強のテスト戦略は対照的、メルセデスは盤石な「保守路線」を強化、フェラーリは大胆な「革新路線」を採った。そこが面白い。
もうひとつ、隠れた衝撃がある。“幻の最速”はフォース・インディアのニコ・ヒュルケンベルグ。4日目の1分23秒110は総合2位、スーパーソフトで出した。ウルトラソフトを履けば平均値0.8秒アップ→1分22秒3前後と推定、ベッテルを超える。それをあえてやらずフェラーリに「華を持たせた」のは中間チームの政治的な配慮なのか? 2015年の後半から9戦連続入賞中のフォース・インディアをダークホースに挙げる。
レッドブル/タグ・ホイヤーは俊敏なハンドリングと柔軟なドライバビリティを示した。ダニエル・リカルドの深いエイペックス・コーナリング、縁石走法から察知できる。“シャシー・サーキット”やウエットコンディションで真価を発揮する可能性あり。
2年連続コンストラクターズ3位のウイリアムズはERSや一部パワーユニットのトラブルに追われ、空力チェック走行に切り替えた。メルセデス筆頭ユーザーの彼らだが、今季最新スペックをフォース・インディアほど巧くレイアウトできなかったようだ。つまずいたFW38、挽回ソリューションを次回テストまでに実行しなければならない。唯一ニューマシンでないザウバーは地道に昨年後期Bバージョンの“セットアップ反省”に励み、進化型C35へとつなぐデータを蓄積。ライバルとなりそうなのはマノーとハース、序盤は信頼性で優位を保ちたい。
テスト2日目、ホンダのF1新首脳人事が明らかに。2年目に背水の陣で臨むマクラーレン・ホンダには、もっと早い決断が求められた。すでにRA616Hの基本コンセプトは前体制下で決定済みだ。昨年末から変更を繰り返したターボ・コンプレッサー・ユニット開発に時間を要し、ICEの“骨格部分”でも試行錯誤が続いた。テスト前から実走信頼性に不安があったので、ニューMP4-31のベース性能確認を優先するためにテスト仕様が準備され、2日目までは周回をこなせた。だが、3日目から異なる部分で漏れが発生、最終日には昨年と同じく修理対策不能で走行中止に陥った。
ホンダ新体制スタッフには、すでに決まっている年間開発プログラムを早急に補強、あるいは見直すという対策が急務となった。「いつ勝てるかなど言えない」──マクラーレンと本田技研の両トップは、同じことを言う。課題はひとつ、パワーユニットの信頼性にかかっている。マノー以上、ハース以下の走行距離1196kmは事実上の最下位。中4日のインターバルで、3月1日にスタートする最終テストが開幕前の大きな関門だ。