NASCAR SPRINT CUP SERIES
第33戦 Tums Fast Relief 500
開催日:10月30日
地元デニー・ハムリンが5位フィニッシュ
10月30日(日)、米国東部バージニア州マーティンズビルのマーティンズビル・スピードウェイでNASCARスプリント・カップ・シリーズ第33戦「Tums Fast Relief 500」が開催された。
60年以上の歴史を持つマーティズビルは、同シリーズが開催されるコースの中で一周が最も短い0.526マイル(約850m)しかなく、ロードコースのヘアピンをストレートで繋いだようなその形状から「ペーパークリップ」の相性を持つ。バンク角も小さいため、コーナーのたびにハードブレーキングを強いられる。狭く、接触の多発する難コースである。
このコースでは、地元バージニア州出身のデニー・ハムリンが、2008年に“トヨタ カムリ”に乗り換えて以来、7戦で4勝、6回のトップ5フィニッシュという強さを誇る。ハムリンは前日行われたキャンピング・ワールド・トラック・シリーズでも、同シリーズでのキャリア初勝利を飾っている。
28日(金)に予定されていた2回の練習走行と、翌29日(土)の予選は降雨によりキャンセル。練習走行のみ土曜日に時間を変更して実施された。決勝グリッドは規定に則り、オーナーズポイント順で決定され、このマーティンズビルでは未勝利のカイル・ブッシュが6番手、ハムリンは11番手となり、11台の“トヨタ カムリ”が決勝へと進んだ。
30日(日)午後2時2分、0.526マイルショートオーバルを500周(263マイル:約423km)して競われる決勝レースがスタート。
序盤から激しいポジション争いが繰り広げられる中で、7周目に首位争いの後方で接触からスピンを喫した車両に、後続が追突。直後にいたハムリンは避けきれず、車体左前部にダメージを負い、修復のためにピットへ。最後尾近くまで順位を落とすこととなってしまった。
再スタート後はKy.ブッシュが見事な走りを見せ、40周目にこの日初めての首位浮上。29周目に出されたイエローコーションで、大多数がピットへ向かう中、コース上に残ったハムリンも一気に順位を上げ、トップ10圏内へと復帰。更に上位を狙ってのアタックを続けた。
54周目にKy.ブッシュが2位へと後退すると、その直後にハムリンがKy.ブッシュをパスし、63周目には首位浮上。その後は、狭いコースで多発するコーションで順位をめまぐるしく入れかえながらも、速さを見せたこの2台は上位争いを続けた。
この日最多となる125周にわたって首位を走行したKy.ブッシュと、58周のリードラップ獲得となったハムリンは、残り50周を切った時点でトップ3を守り、終盤戦へと臨んだ。
しかし、15回目のイエローコーションからの再スタートが切られた直後の464周目、“チェイス”でのランキング2位につけていたマット・ケンゼス(フォード)がコーナー進入でKy.ブッシュに後ろから接触。Ky.ブッシュはスピンを喫し、壁にクラッシュしてしまった。ピットに戻り、クルーの懸命な作業で修復、コースへと戻ったKy.ブッシュだったが、復帰直後に左前タイヤが外れるアクシデント。ダメージは足回りにも及んでおり、再びピットへ向かったKy.ブッシュは、長い修復を余儀なくされ、大きく順位を落としてしまった。
この混乱と再スタートで8位へ順位を落としたハムリンは、再スタート後に追い上げを図ったが、狭いコースでのトップドライバー同士のバトルでは、なかなかポジションアップは果たせず、それでも最後は5位まで順位を上げてチェッカー。“チェイス”に入って初のトップ5フィニッシュを果たした。
この日、レースを通して好走を見せたマーティン・トゥルークス・Jr.が8位でフィニッシュ。Ky.ブッシュは7周遅れの27位に終わった。この結果、Ky.ブッシュはランキングで首位に57ポイント差の7位に後退。ハムリンは11位につけている。
次戦第34戦は11月6日(日)、米国南部テキサス州フォートワースのテキサス・モーター・スピードウェイで行われる。
ドライバー デニー・ハムリン:
「我々は5位を走っていたのではなく、終わってみたらそういう結果だったということだ。今日我々の“トヨタ カムリ”は素晴らしい仕上がりで、レースの大半で最速だと感じられた。しかし、終盤の、アウト側からの再スタートではなかなか隙を見つけてインに入ることができず順位を落とし、追い上げを強いられた。我々の“トヨタ カムリ”は本当に速く、競争力のある車両でレースを戦うのは素晴らしい気分だった。クルーチーフやクルーは、いつも通り、このマーティンズビルで私の望む、勝てる車両を用意してくれた。しかし、このコースでのレースは、コントロールできないこともある。再スタートのたびに前走車に進路を阻まれる形となり、不満の残るレースとなってしまった」
