コンピュータ制御満載のクルマでレースを始めたドライバーと、その前の時代を経験したドライバーとでは、そもそもレースに対する考え、クルマに対するアプローチは異質なものだということがよく分かった。先日、80〜90年代にF1を戦ったスウェーデン人ドライバー、ステファン・ヨハンソン(マクラーレンやフェラーリに在籍し、優勝はないものの、長年に渡って活躍した。ホンダF1第2期最初のドライバーもこの人である)とこの問題について話した。そして、コンピュータ制御のクルマにも落とし穴があることが分かった。

 ヨハンソンはこう切り出した。

「我々の時代には、コーナーに飛び込むときにクルマが予想を超えた動きをする可能性を常に考えていた。ブレーキングでクルマのリヤが跳ねるかもしれないとか、フロントが取られるかもしれないとか、コーナーの立ち上がりでリヤがグリップを失うかもしれないとかね」

 今も昔もラップタイムを上げるのはコーナリングの妙である。直線スピードはエンジンの出力と空気抵抗の大小によるものなので、これは走る前から勝負が決まっており、ドライバーはつべこべ言わずにアクセルを踏むだけだ。しかし、例え直線スピードが遅いクルマであっても、コーナリングスピードを上げることでラップタイムを縮めることが出来る。ドライバーはそのことをよく知っており、ゆえにコーナリングを最も重要な課題としてそれに挑むのだ(もちろん、コーナリングスピードはダウンフォース量に大きく左右される部分でもある)。そして、コーナリングの上手いドライバーは才能のあるドライバーとして評価される。レーシングドライバーは誰もが自分が一番上手いと考えているから、コーナリングには力が入る。

 しかし、現在はどうだろう。ヨハンソンはこう付け加える。

「現代のレーシングカーはコンピュータ制御で誰でも乗ることが出来る。コーナーに突っ込みすぎてもABSが働いてくれるし、出口でアクセル踏みすぎてもトラクションコントロールが働いて理想的なグリップを与えてくれる。何から何までコンピュータ制御だ。レースを始めた時からこうした電子デバイスの付いたクルマに乗っていれば、それが普通であり、クルマのコントロールはそうしたデバイスが助けてくれるものとして行うことになる。ニキ・ラウダが『今のF1は猿でも運転できる』と言った意味がわかるだろう?」

 コンピュータ制御がドライバーの技量を阻害するかどうかは私には分からない。電子デバイスは今やクルマの一部であることを考えれば、それをいかに自分のものにして運転技量を磨くかということも重要に違いない。レースにおける先陣争いは電子デバイスがあろうがなかろうが、その本質に変化があるとは思わない。ただ、そこに危険が潜んでいることを、ドライバーは知っていなければならない。

 ヨハンソンが説明してくれる。

「コンピュータはドライバーの動作より遙かに短時間でクルマの挙動に反応する。クルマが異常な動きをしたら、それはたちまち修正される。しかし、修正の途中で縁石に乗り上げたりすることがあれば、今度はその動きに対応するために更なる修正がかかることがある。濡れた路面に足を取られたときにも、トラクションのかかり具合で動きが変わることがある。それが一瞬にして起こるので、ドライバーは対処できない。今年のル・マンでシモンセン選手のアストンマーチンが突然コースを外れてクラッシュしたのも、恐らくはそれが原因だったのではないかと思う」

 現代のモータースポーツにおいては、コンピュータが人間の能力を遙かに超えた働きをしていることに異を唱える人はいないだろう。しかし、安全のために採用したコンピュータが人間のコントロール能力を超えた結果、危険を呼び寄せるようなことになる可能性もゼロではない。

「そりゃあコンピュータがあった方が楽だよ。しかし、楽ではない運転の方が楽しいということもある。もちろん、昔に帰ることは出来ないけれど、技術者にはより慎重な開発を行ってもらいたい」

 ヨハンソンの言葉は重い意味を思っている。

赤井邦彦(あかいくにひこ):世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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