ペドロ・デ・ラ・ロサは、ロータス・ルノーGPがロバート・クビカの代役を探している際に、彼らと交渉をもっていたことを認めている。
ロータス・ルノーGPは、クビカの代役にベテランのニック・ハイドフェルドを起用したが、最近になってチームを率いるエリック・ブーリエがビタントニオ・リウッツィも候補のひとりだったと語った。
Motorsport.comは、「ペドロ・デ・ラ・ロサと少し話をした」というブーリエのコメントも伝えている。
デ・ラ・ロサもこれを認める。「彼らに電話をしたときにこう言ったんだ。私には経験があるし、スピードもある。競争力を高めるためにはどうすればいいか、僕なら200周もかからない」
2011年のデ・ラ・ロサのプランは今のところ明らになっていないが、彼はリザーブドライバーかピレリのテストドライバーに就くことを望んでいるようだ。
「私の希望は、あと3年は能力あるドライバーとしてF1に留まることだ」と彼は自身の公式ウェブサイトのインタビューで語っている。
「すべては身体的な能力次第だ。私は今も非常に強く、20歳の頃よりもいい状態だと思っている」
長くF1界に身を置くデ・ラ・ロサだが、トップドライバーの仲間入りはできなかった。彼はF1で2度ほど大きな過ちをおかしたと述べた。
「大きなミスがふたつあるんだ。ひとつは、1998年にジョーダンGPのテストドライバーとなり、ほとんど走れず終わったことだ。レースドライバーとしてチームに入れるようレプソルを説得すべきだった」
「ふたつ目は、2001年にジャガーとサインしたことだ。莫大な予算がありながら、チームの基盤は当時の最小レベルだったね。なんせ、私がいた当時は、風洞を持たない唯一のチームだったんだ」
「間違ったクルマを運転していた。でも、今はいいクルマを探してしているよ!」
