プレスインフォメーション\t2012年5月11日

ポルシェのローリングミュージアムがその雄姿を現す

ポルシェミュージアムのクラシックカーがミッレミリアに出場

 ポルシェAG(本社:ドイツ、シュトゥットガルト 社長:マティアス・ミューラー)は、2012年5月17日~20日にイタリアで開催される伝説のクラシックカーイベント、「ミッレミリア」へ、ポルシェミュージアムより2台の550スパイダーと356スピードスター1500、356スピードスター1600、356スピードスター1600 S、そして「クニックシャイベ」(ベントウインドウ)と呼ばれるV字型フロントウインドウを備えた356クーペを出場させる予定です。

 ミッレミリアは、ブレシアからローマに向かい、再びブレシアに戻る非常に美しくも厳しいコースで繰り広げられる、ポルシェAGにとって最も重要なイベントのひとつです。気候のまったく異なる地域を移動しながら1,600 kmのコースをわずか3日間で走破するミッレミリアが、車とドライバーにとって今でも難しい挑戦であることに変わりはありません。

 ポルシェにとって550と356という数字は、ミッレミリアにおける重要な成功を意味しています。1952年にプリンス・フォン・メッテルニヒとカウント・フォン・アインジーデルのコンビが、ポルシェ356 1100でポルシェドライバーとして最初の入賞を果たしました。ポルシェが獲得したこの1.1リッタークラスにおける3位は、ポルシェ356が秘めるポテンシャルの見事な証となりました。

 翌1953年には、18台ものタイプ356スポーツカーがブレシアのスタートラインに並びます。最も成功を収めたポルシェチームは、2リッターのスポーツカークラスで優勝したハンス・ヘルマンとエルヴィン・バウアーで、ハンス・レオ・フォン・ヘッシュとヴェルナー・エンゲルも、1300 ccクラスで優勝を飾りました。1954年は、恐らく550スパイダーが最も活躍した年です。ワークスドライバー、ハンス・ヘルマンは、このミッドエンジンのスポーツカーを駆り、タイムを少しでも稼ぐために、踏み切りのポールを潜って高速で接近する列車の前を横切ったというエピソードの持ち主です。このヘルマン/リンゲのチームがクラス優勝を果たし、総合でも6位に入りました。

 1955年にもヴォルフガング・ザイデルとヘルムート・グルックラーが、550スパイダーにより1.5リッターのスポーツカークラスで優勝を飾ります。その後リヒャルト・フォン・フランケンベルクとペーター・オベルンドルフが、ライナー・ギュンツラーとともにポルシェ356sを駆って、1300 cc以下と以上のGTクラスで優勝を果たしました。

 1956年には、大雨がハンス・ヘルマンの乗るポルシェ550 Aの優勝を阻みましたが、それでもオロフ・パーソンとグナー・ブロムキスト(356 1500カレラ)、ハラルト・フォン・ザウケンとゲオルグ・ビアラス(356 1500スピードスター)が、2つのクラスで優勝を果たします。

 1957年に開催された“クラシック"ミッレミリア最後の年には、ポルシェ550 Aスパイダーに乗るイタリアのウンベルト・マリオーリが、1500 cc以下のスポーツカークラスで優勝を飾っています。パウル・エルンスト・シュトレーレとヘルベルト・リンゲも、ポルシェ356sのほぼ独壇場となった1300~1600 ccのGTクラスで、熱戦の末クラス優勝を果たしました。

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