更新日: 2023.06.26 17:50
【木下隆之/帰ってきたタワー3F】無線が通じない! 齢63スピードは健在も、老化の魔の手が迫る
どうやら僕は子供の頃から無自覚なところがあって、己の才覚を過信することがある。齢63にもなって、世界一過激だとされているニュルブルクリンクに挑んでいるのだから、相当に世間知らずなのであろう。実際に、自分で口にするのも憚れるが、一世代下のドイツ人と比較してもタイムで劣っている節はなく、闇夜のパートでも昼間と等しいタイムで周回し、瞳の青い欧州人を驚かすこともあるのだから、一向に反省するつもりがないのである。
ただし、先日、老化を突きつけられた。僕がドライブするTOYO TIRE with RING RACING のGRスープラGT4は最先端だから、操作系スイッチはステアリングに集中している。戦闘機の操縦桿のようなH型ステアリングに埋め込まれたスイッチを慌ただしく操作しながら走行しなければならないのだ。これを器用に操作することができない。
たとえば右手の親指が触れる部分に並ぶ3つのボタンの、もっとも右側がパッシングライトである。一度押せば3回パチパチと点滅する。その列のもっとも左側は、速度120km/hと60km/hの速度リミッタースイッチになる。コース上の黄旗区間やピットロードでお世話になる。頻繁に活用するスイッチだ。ただ厄介なのは、近接する中央のボタンを誤操作してしまうことだ。
パッシングと速度リミッターに挟まれたそれは燃料計のリセットボタンであり、押すのはピットアウト時に限られる。走行中に押してしまえば、それまでのデータがすべてリセットされ、燃料消費量が分からなくなる。給油のためのピットストップの回数が勝敗のあやになる耐久レースでは、走行中には決して触れてはならない禁断ボタンなのだ。だがときに僕は触れてしまう……。
左手の親指付近にも同様に3つのボタンが近接しており、そのもっとも左がピットとの交信をする無線ボタンである。レース中には毎周、ドッティングガーホーヘのアウディブリッジの下、つまり最後のロングストレートに差し掛かった地点で燃料消費量を報告する。その時点のガソリン残量から、ピットインするかそのまま周回させるかを判断するためだ。
あるとき、無線交信しても返事がなく焦った。あと40秒後にピットロード入口が迫っている。急ぎ判断を仰がねばならない。残量によってはガス欠ストップする。だが交信は途絶えたままだ。
慌ててもう一度、無線ボタンを押してみた。すると冷たい液体が喉元を滴り落ちた。
「ん?」
そのボタンは、無線ボタンの横にある「ドリンク」ボタンだった……。
運よくガス欠ストップは免れたものの、その顛末を後々報告すると、監督はこう言って笑った。
「それが老化なのかもね」
ゲーム世代のドライバーはミスをしないという。アナログ世代特有の現象らしい。ボタンのレイアウトが不自然なことが原因だと反論しても、スタッフは笑ってうなずくだけだ。僕にも老化という魔の手が迫ってきているらしい。
【近況】
ニュルブルクリンク24時間後の興奮はまだ覚めていないが、次戦のNLSの計画が進んでいる。近日中に参戦計画を発表しますね。By 木下隆之
■想像もしない激戦。「台割」も大変更のル・マン特集
木下さんコラムに便乗してちょっとオートスポーツ本誌8月号(6月29日木曜発売)の告知をさせていただきます。
「このシリーズ(WEC)の流れからするとトヨタ圧勝。“平和”な一戦になるはず」。そんな我々の予想を覆すようなBoP変更もあり『死闘』となった今年のル・マン24時間レース。100周年にふさわしい濃い内容となりました。我々が予想するぐらいなのでACOフランス西部自動車クラブも予想するのも当たり前。コース外の戦いでやるべきことがあったのかなかったのか、そういう問題でないのか、すごくいろいろ考えさせられる100周年大会でした。
当初の本誌の計画ではイベントとしての100周年大会を中心に伝える方針でしたが、内容やページ構成を急きょレース後に変更しました。
また、それを意図したわけではないですが、ル・マン24時間“特集第二部”として用意したTS020特集の内容も今年のル・マンとリンクして意味深いものになりました。TMGの成り立ち、開発ストーリー、そして“GT”の定義など……。歴史は繰り返すと申しますが、これがあって今がある、それを実感する内容となっております。