「ライダーからは『安定していて悪くないね』という評価をもらっていましたが、実はキモを冷やしていました。ホンダがドゥカティに並ぶ最高速を手に入れていましたからね。我々ももちろんパワーを追い求めてはいますが、相対的に遅れを取ってしまっていた。さらにKTMも速さを増しているなかで、ライダーたちに厳しい戦いを強いてしまうことになります。ですが、パワーはそう簡単には手に入らないものなんです」

 ストレートでライダーができることと言えば、体をできるだけコンパクトにしてアクセルを全開にすることぐらいだ。テクニックではなく、エンジンパワーに委ねるしかない領域だ。当然、ライダーはパワーも求める。だが、マシン開発において「あれもこれも」は方向性を混乱させるだけだ。鷲見氏はきっちりと交通整理をした。腹を割ってライダーと対話したのである。

「2019年シーズン開幕前、2月に行われたマレーシアテストで、ライダーひとりひとりと話をしました」と鷲見氏。「今すぐにできることもあるが、できないこともある。我々はAに的を絞って開発しているから、今はBを辛抱してくれ」と、率直に現状を共有するとともに、「今後はこういうスケジュールを考えている。このタイミングでこういうモノを投入するから」と、期待も持たせた。

「前向きであることとモチベーションをライダーと共有できれば、苦境も乗り越えられると考えたんです。レースをしている限り、山もあれば谷もある。それらに一喜一憂せずに、ポジティブさをキープするやり方です」。これでチーム内の空気はかなり前向きになった。

■混乱を招いた「うれしい誤算」

 だが、ヤマハにとっては「うれしい誤算」とでも言うべき問題も発生した。新人、クアルタラロのめざましい活躍である。2019年2月上旬のマレーシアテストは16番手だったクアルタラロだが、下旬のカタールテストでいきなり2番手に急浮上。サテライトチームながらファクトリーチームのマーベリック・ビニャーレスに迫る勢いを見せたのだ。

ファビオ・クアルタラロ
ファビオ・クアルタラロ

「彼はヤマハのなかでもコーナリングスピードが速い。そして、それ以上にブレーキングが非常に上手なライダーなんです。クアルタラロは、他のライダーとは違うやり方でYZR-M1の良さを引き出すことができる。もちろんYZR-M1が新人でも限界域で走らせやすいマシンだ、と言うことでもありますが(笑)」。だが、クアルタラロの新人離れした速さは、2019年シーズン開幕前のヤマハに若干の混乱を招いた。

「我々も、ファビオがあそこまでやってくれるとは思っていませんでした。決して悪いことではありませんが、ファクトリーライダーたちにとっては複雑な事態でした。我々は各ライダーのデータをすべてオープンにしていますが、そのなかでも『どうなっているんだ』という話になったんです。特にマーベリックは動揺していましたね」

 ライダーのメンタルは戦績を左右する重大な事柄だ。テストの時など、鷲見氏はあえてビニャーレスに「今は混乱するから走り込まなくてもいい」など踏み込んだアドバイスもした。ビニャーレス自身が感情のコントロールを心がけたこともあり、落ち着いてテストに集中できるようになったと言う。

■「決勝レースではまだ強さが足りなかった」

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