明らかになったエンジンの不足部分。そしてクアルタラロの思いがけない存在感。2019年シーズンのヤマハは序盤から不穏な空気があったが、鷲見氏を中心に「やるべきことをやる」というスタンスは動じなかった。「エンジン開発に集中した」と言いながら、車体も「レースでは、フレームの板厚、リブの数や位置を変えた2、3種類を使った」と、進化させていった。それらが功を奏し、シーズン中に徐々に成績は向上していった。
そして第8戦オランダGPでビニャーレスは2018年オーストラリアGP以来10戦ぶりとなる優勝を果たし、続く第9戦ドイツGPでも2位表彰台に立ったのである。
「マシン作りにおいて、新しい試みによって全方位的に良くなることはほとんどありません。どこかが良くなれば必ずどこかに問題が生じます。例えばハンドブレーキのような新しいデバイスを採用したとして、ブレーキングが向上するかもしれない。でも補機類が増えることで重量が増す、といった具合です」
微妙なバランス取りは、2019年シーズン中にもマシンの各部でたゆまず行われた。その成果として、「速さを見せつけることはできたと思います」と鷲見氏。2019年シーズン、ポールポジションを獲得したのは3人だけだ。レプソル・ホンダ・チームのマルク・マルケスが10回、ヤマハのクアルタラロが6回でビニャーレスが3回。ホンダとヤマハだけである。しかも、圧巻のマルケスに新人クアルタラロが食らいつけているのは、ヤマハYZR-M1が「速いマシン」であることを確実に示している。

だが、優勝は結局ビニャーレスの2回。「決勝レースではまだ強さが足りませんでした」。“強さ”とは、具体的にはトップスピードということになるだろう。「最高速という武器があれば、ライダーは決勝レースでいろいろな戦略を立てることができるんです」と鷲見氏も言う。「我々がホンダやドゥカティに届かないのは、やはりそこ。ライダーが戦える幅が少ない。我々の目標は常に、タイトルの獲得です。そのためには、ライバルに少しでも近付けるよう頑張って行く、ということです」
それは決して容易なことではない。ひとつでも武器が多ければレース戦略の幅が広がるのは確かだが、一方で、その武器がデメリットにもなりかねない。最高速ひとつ取ってみても、それが高まることで例えばブレーキング性能など別の部分に影響することが十分にあり得るのだ。「何かを良くすれば別の問題が出るのがマシン開発の常です」と鷲見氏は言う。だが、“強いヤマハ”を現実にするためには、新たな領域に踏み込む必要も出てくるはずだ。「2020年はシンプルに、マルケスからチャンピオンの座を取り返したいですからね」

