2004年シーズン、ロッシはヤマハに移籍した。ホンダとの契約の関係から、ロッシは2003年中のテストを行なうことができず、年明け1月のセパンテストでヤマハYZR-M1に初ライドすることになった。

 ヤマハの開発陣はロッシのために4種類のエンジンを準備、その中からロッシは不等間隔爆発で4バルブのエンジンを選択。そこからマシンの開発を進めて開幕戦の南アフリカを迎える。

 南アフリカではホンダからヤマハに移籍したロッシと、ヤマハからホンダに移籍したビアッジの戦いとなり、最終ラップまで続いた僅差のバトルをロッシが制し、ヤマハでデビューウインを達成した。そして、この年、ロッシはYZR-M1で16戦9勝を記録し、タイトルを連覇した。

 ランキング2位には前年に続いてジベルナウが入り、ビアッジは3位に終わった。ロッシの抜けたホンダはアレックス・バロスをエースとして起用したが、1勝も上げることができず、ランキング4位に終わった。しかし、ランキング2位から6位までをホンダ勢が占め、コンストラータイトルはホンダのものとなった。

 日本人ライダーでは2年目の玉田がブラジルGPで初優勝を飾る。玉田は1年目からブリヂストンタイヤを履いており、この勝利がブリヂストンにとってMotoGPでの初勝利となった。玉田はもてぎで開催された日本GPでポール・トゥ・ウインを達成。2勝目をマークし、ランキング6位で2004年シーズンを終えている。

2004年MotoGP:玉田誠が日本GPで優勝
2004年MotoGP:玉田誠が日本GPで優勝

 もてぎでは、この年からカワサキのエースとして起用された中野真矢がMotoGP初表彰台となる3位に入賞し、ランキング10位。阿部典史はこの年はゴロワーズ・ヤマハ(チーム母体はテック3)からMotoGPクラスにフル参戦し、ランキング13位。青木宣篤も4スト990ccのプロトンKR5で参戦したが、開発途上にあるマシンの熟成が進まず苦戦を強いられ、ランキング21位に止まった。青木はこの年を最後にレギュラー参戦を終了。翌年からスズキの開発ライダーとしての道を歩むことになる。

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