2021年F1シーズンも序盤を終え、早くもタイトル候補が絞られてきました。ホンダF1の最終年、そして日本のレース界期待の角田裕毅のF1デビューシーズン、メルセデス&ルイス・ハミルトンの連覇を止めるのはどのチームなのか……話題と期待の高い今シーズンのF1を、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が解説。第7戦は最初から最後まで緊張感高まるトップ争いの背景と、ドライバーのメンタルなど多岐にわたってレースの背景を振り返ります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
がっぷり四つの優勝争いが繰り広げられた2021年F1第7戦フランスGPですが、そのフランスGPを前にメルセデスがお互いのシャシーを交換し合いました。シーズン中にドライバー同士でシャシー交換するということは、なかなかないことです。報道された記事を読むと、シーズンの初めからシャシーを交換することが決まっていたようですね。
シーズン前半はルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタスの結果やタイムに差がありました。メルセデスとしては、ボッタスのシャシーは『問題ない』と考えているようなので、今回のシャシー交換はハミルトンには悪いけれど、それを証明するということになるのでしょうか。
もちろん、だいたい成績がよくないほうがシャシーなどの問題を気にします。セットアップの違いやシャシー剛性などチームも間違いなく細かくクルマをチェックしていますし、現代F1の技術なら見えない部分はほとんどないはずです。そのあたりにチームとしても『ボッタスのシャシーは問題ない』という自信があったのだと思います。そしてフランスGPでボッタスのシャシーをハミルトンが走らせることになりましたが、きちんと速さを見せていました。
今回のシャシー交換で、チームにとって一番重要なことはボッタスが自信を取り戻すことです。チームはボッタスの精神的なケアをするためにシャシー交換を決断したと考えるのが、僕は正しいと思います。そういった意味では今回のシャシー交換は正解だったのかなと思います。前回のアゼルバイジャンでは予選10番手でしたが、今回はハミルトンと僅差の3番手。集中しているときのボッタスは本当に速いです。
シャシー交換というのは結構勇気のある決断で、当然リスクもあります。もし本当にシャシーに問題があった場合、ハミルトンが遅くなってしまう可能性もありまし、そうなってしまったら、レッドブル・ホンダと1ポイントを争っているメルセデスとしては一大事になってしまいます。それを考えると、よくメルセデスはシャシー交換を決断したなと思います。当然ハミルトンも納得して行ったと思いますが、そこはチームとの信頼関係ですね。ただ一方、裏読みをすれば本当にシャシーを変えたのか、という疑念もありますけどね(苦笑)。
そのフランスGPですが予選、そして決勝の最後までレッドブル・ホンダとメルセデスの戦いが目の離せない展開になりました。スタートの1コーナーではフェルスタッペンが少し飛び出してハミルトンにトップを奪われてしまいましたが、ポール・リカール・サーキットの1コーナーは見た目以上に難しいコーナーです。
もともとブレーキングポイントが平坦でわかりずらい上に、イン側から進入するとさらに見えなくなり、コース幅も意外とタイトで実際の走行ラインは狭く、路面は下ってから上がるアンジュレーションがあります。そういういろいろな要素があって、綺麗にブレーキングでクルマを止めづらいコーナーでもあります。クルマのセットアップをさらに難しくしている典型的なコーナーですね。
フェルスタッペンはあの瞬間、1コーナーの進入時に自分の右側にいるハミルトンをミラーでちらっと見ながらブレーキングをしていたので、そこでブレーキングポイントがズレてしまいました。姿勢が乱れた後はなんとかカウンターステアでこらえましたが、ハミルトンには先行を許してしまいましたね。フェルスタッペンは完全にブレーキングポイントをミスしました。
結果的にはそこからレースが面白くなりました。その後はフェルスタッペンが先にピットインしてハミルトンのアンダーカットに成功しました。その背景には、今回の決勝では意外とタイヤの持ちが悪かったということがあります。決勝日の朝に雨が降り、サポートレースのFIA-F3の解説もDAZNで担当していたのですが、その時はウエットレースで行われ、前日まででき上がっていたラバーグリップも雨で流されてしまいました。
さらに風も強く吹いていたようなので、前日までと比べてドライバーとしては『何かクルマがおかしくなったのか?』というくらいの違いを感じたはずです。実際、ピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)も無線で「クルマのバランスはディサスター(大惨事)だ」と伝えていましたよね。
そして、ドライバーはそういったコンディション変化で本当にメンタルをやられてしまうときがあります。その状況を冷静に対応できたドライバーと対応できなかったドライバーとで、タイヤを長く持たすことができたか、持たすことができなかったかに別れました。
ドライバーはコンディション変化などでクルマの挙動が少しでも気になるとマシンのコントロールに注力するあまり、タイヤのマネジメントをおろそかにしてしまうことがあります。そこを冷静にチームとコミュニケーションを取り、風向きや路面状況が変わっていることを理解してタイヤマネジメントができれば、おそらくうまくいったと思います。それができたドライバー、できなかったドライバーというのが最初の第1スティント目は特に差が出たように見えました。
1回目のピットイン後、フェルスタッペンに前に出られたハミルトンは無線で『何が起こったのか理解できない』というようなことを無線で話していましたが、ハミルトン的にはまったくの予想外の出来事だったのでしょう。フェルスタッペンのアンダーカットはピットストップの時間は両者とも大きくは違わなかったので、イン/アウトラップのタイムとドライバーのタイヤマネジメント、走らせ方が関連していたのだと思います。
フェルスタッペンはクルマのフロントだけではなく、リヤもうまく使って向きを変えるのが早いドライバーです。ポール・リカールは曲がりこんだコーナーが多く、フロントタイヤをどうしても酷使してしまいます。そこでハミルトンのフロントタイヤを始め、どのクルマにも結構なグレイニング(タイヤがグリップを維持できず、スライドする時に発生。タイヤ表面に粒状のささくれを生成してグリップを低下させる)が出ていました。
ポール・リカールのセクター3は曲がりこんだ右コーナーが多いため、左フロントタイヤが厳しくなります。タイヤマネジメントの部分で言うと、早く向きを変え荷重移動を早く終わらせて、その次は後ろのタイヤを使って走るドライバーはフロントタイヤをいじめずに済みます。そんなフロントタイヤの負担を減らすことができる技を使って走れていたのが、おそらくフェルスタッペンとハミルトン、そしてランド・ノリス(マクラーレン)でしょうか。当然クルマのセットアップなどもあるので一概には言えませんが、このあたりのドライバーのドライビングがうまく今回のレースにハマっていたのかなと思います。
タイヤの持ちという部分では、レース後半はハミルトンとボッタスの差が顕著に出ていました。ボッタスはフロントタイヤに頼って走行しているドライビングスタイルで、ハミルトンは最近はスタイルを変えてきていますが、もともとはリヤタイヤを使ってカートのようにコーナーを走らせるドライビングスタイルなので、今回は以前のスタイルでレースをしていたのかもしれません。そういったドライバビングスキルが『見えない技』になりす。