今宮雅子氏によるブラジルGPの焦点。2016年シーズンへ向けて、加速するロズベルグ。予選での敗北が続き、打つ手がなかったハミルトン。抜きにくいインテルラゴスで、闘争本能と学習能力を見せたフェルスタッペン。71周に潜むドラマを描き出す。
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表彰台の表情からは、2週間前のメキシコGPより軽やかな喜びが伝わってきた。やっと到達した……という達成感よりも「勝つべくして勝った」涼しげな笑みは、いままでのニコ・ロズベルグと少し違うドライバーを感じさせた。
2戦連続、ポールポジションから一度もトップの座を譲ることなく飾った勝利。金曜からドライコンディションに恵まれ、レースに向けて十分な準備を重ねたことも、ロズベルグにクリアな視界をもたらしたに違いない。昨年も勝利を飾ったインテルラゴスで、抑えるべきポイントを完璧に把握していた。コース上の動きにも言葉の端々にも、ニコの落ち着きと“確信”が表れた週末だった。
たとえば予選Q2のアタックを、Q1より0.5秒近く遅いタイムで終えたとき──「これで十分かな」と、ロズベルグはエンジニアに訊ねた。同じタイヤで、もう一度アタックすることを提案されると「本気で?」と問い正した。チームはすぐに判断を訂正し、ピットに戻る指示に切り替えた。ロズベルグが目指していたのはQ2でトップに立つことではなく、レースの第1スティントで使うことになるソフトタイヤに負担をかけず、余裕をもってQ3に進めるタイムだったのだ。その証拠に、このQ2のアタックでは今年から高くなった縁石を踏まないばかりか白線からも10cmほど離れた“穏やかな”ラインを走行していた。予選を戦いながら、スタート直後の第1スティントに備えていたのだ。
メキシコほどでなくとも標高800メートルのインテルラゴスは気圧が低く、前のマシンに近づいて走行することが難しい。無理に接近すると、タイヤはすぐに性能のピークを過ぎてしまう。だから予選でポールポジションを獲得し、クリーンな空気を受けて走ることが他のサーキット以上に大切。Q3のロズベルグは、Q2から豹変したようにミスを恐れずアタックした。最後は100%完璧なラップでなかったけれど、ハミルトンを抑えてポールポジションを獲得することに成功した。
ロズベルグのもうひとつの勝因は、順当なスタートでポールポジションの優先権を守り、1コーナーに向かってイン側へ進んだこと。ハミルトンは右にラインを変えて1コーナーでアウト側に並ぼうとしたが、ロズベルグが動揺することなく2コーナーに向かってレコードラインを取れば、後ろに従うしかなかった。
ニコにとって、すべてが思い描いたとおりに進んだ。わずかな不安は、1回目のタイヤ交換でピットアウトする際、5秒遅れてピットインしてきたセバスチャン・ベッテルとタイミングが重なって、すぐに発進できなかったこと。しかし直後のアウトラップでもロズベルグは落ち着いていた。
インテルラゴスでポールポジションから首位を守った意味は本当に大きい。第2スティントの18周目から26周目はハミルトンがDRS圏内から攻撃してきたものの、そうすることによってチームメイトは身を削るようにタイヤを消耗させながら、決してチャンスは手に入れないのだと、ロズベルグは熟知していた。昨年は最終スティントの20周を同じかたちで守り抜いたのだから。
「僕はレースをコントロールしていたから、ルイスには一度もチャンスを与えなかった」という、ニコの言葉は真実だ。DRS圏内に迫っても、ハミルトンはオーバーテイクの素振りすら見せることができなかった。
「このペースだとタイヤがもたない」とハミルトンがピットに伝えたのは、ロズベルグの後方1秒以内に迫って3〜4周ほど走った20周目ごろのこと──チームに異なる作戦の選択を求める無線だった。しかし計算では、3ストップより2ストップのほうが10秒ほど速い。3ストップ作戦に切り替えると、メルセデスの6秒後方で同じペースを維持しているベッテルにポジションを譲るリスクを冒すことになってしまう。
ハミルトンはロズベルグ攻略に“トライ”することを望んだ。しかしチームはベッテルに対する“ディフェンド”を確実にすることを優先した。タイトルが決定しても、メルセデスの確固たる姿勢は変わらない──ワンツーを確保できるなら、フェラーリにチャンスを与える理由などないのだ。メルセデスが3ストップへの変更を決断したのは、32周終了時点でベッテルがピットインし、フェラーリの3ストップ作戦が明らかになって「同じ作戦を採ることが安全策」となったからだ。
「僕はレースするために、ここにいるんだ。ふたりが同じ作戦だと最初から決まったようなレースになってしまう」と、ハミルトンは不満を口にした。「チームはタイヤがもっと保つと予測していたけれど、僕はスタート前から確信できないでいた。実際レースが始まってみるとタイヤは予想どおりに保たなかったし……」
ロズベルグの後ろで乱気流を受け続けるレースはフラストレーションがたまったに違いない。ただし、それは予選で敗北した時点で予想されたこと。メルセデスがふたりに同じ作戦を採用することはハミルトンがチームに来たとき以来、明確なルールなのだから。
コース図を見ればオーバーテイクが簡単に映っても、高速の外周と低速のインフィールド、全開でありながら横方向にも上下方向にも特有のGがかかるセクター3、タイヤに厳しいレイアウト、低い気圧──さまざまな要素が集まって、インテルラゴスはオーバーテイクの困難なコースだ。トップスピードを欠いていれば、なおさら難しい。
いくつものお手本を示したのはマックス・フェルスタッペンだった。パワー不足のマシンで1周目にはセルジオ・ペレスに先行を許し、レース前半はずっとフォース・インディアの後ろ、ロマン・グロージャンのロータスを抑えながら走行した。学習能力が高いのは最年少ドライバーの長所のひとつ──インフィールドの速さを活かしてセクター2で近づくと、ターン12の出口で効率良く加速する方法を編み出した。アプローチで可能な限り車体を出口方向に向け、大きく左の縁石を踏みながら、まっすぐに加速していくのだ。それでもホームストレートで勝負を決めることはできないが、フェルスタッペンはターン2までオーバーテイクの可能性を広げた。
32周目の1コーナー、ブレーキングでペレスの右に並んだフェルスタッペンは、そのままフォース・インディアと並走して2コーナーまで進み、臆することなく加速して前に出た。3ストップ作戦で12番手まで後退したあとは、58周目の2コーナーでペレスのときと同じようにフェリペ・ナッセをパス。67周目にパストール・マルドナドを相手にした際には、1コーナーでイン側に並んで抜き去るラインを選択した。
9番グリッドからのスタートで、結果は9位。しかしパワーで抜かれてもワザで抜き返したレースは、順位変動の少ないインテルラゴスを華やかにした。ターン12出口からの加速、スリップストリームの効果、そして1コーナーのブレーキングとライン取り。フェルスタッペンはアウト側のタイヤを白線の外まで落としながらコース幅を使う。縁石上でも躊躇なくアクセルを踏み続けることによってダウンフォースを維持する。抜けるドライバーだから、チームの作戦も幅が広くなる。「元気」を「速さ」につなげるテクニックは、見る者にとっても素直にレースを楽しませてくれる。
日本GP以来、5戦連続のポールポジションを飾ったロズベルグ。鈴鹿やオースティンでは強引なハミルトンに追いやられたが、スタートを研究し、1コーナーまでのアプローチを改善し、2戦連続の完勝を実現した。タイトル争いには間に合わなかったものの、この勢いは2016年に向かう大切な加速だ。
「状況を逆転できたことは、とてもハッピーに感じている。理由を訊かれても、残念ながら僕には正確に説明することができない。それができるくらいなら、すべてがずっと簡単だったはずだから」と、ニコは正直に話した。でも、ずっと努力を続けていることだけは事実だよ、と──。
タイトル争いが決着したあと、思いがけず、シーズン終盤の重要性が増してきた。最終戦アブダビGPでは勝ち負けだけでなく、最後の週末の戦いかたが、ふたりの冬を左右する。