今宮雅子氏によるアブダビGPの焦点。すでにチャンピオンを決めたハミルトンにしても、負けっぱなしでシーズンを終える気はなかったはず。だからこそ、ロズベルグの優位が際立った最終戦。マクラーレン・ホンダは最後にアロンソが好タイムを記録したが、その意味を慎重に読み解かなければならない。彼らにとっては、2016年を見据えたレース。そう考えると「リタイア」を口にしたアロンソの思いも見えてくる。

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 ドイツ国歌が流れる間、かすかに表情を歪めたニコ・ロズベルグの胸には、どんな思いが行き交っていただろう。悩み抜いたシーズン、タイトルの可能性が潰えたオースティン、落胆を克服したメキシコで、観客から沸いた壮大なニコ・コール。ルイス・ハミルトンという強敵を乗り越えた達成感があれば、同時に「なぜ、もっと早く実現できなかったのか」という悔しさも浮かんだに違いない。

「いまは、シーズン終盤に進歩できたことを楽しんでいる。もちろん、選手権を争うには遅すぎたけれど」

 メキシコ、ブラジルに続いて、アブダビは完璧な週末だった。タイトルを獲得した直後には貪欲さを欠いていたハミルトンも、さすがに3連敗でシーズンを終えるわけにはいかなかっただろうと考えると、ロズベルグが証明した優位性は、3連勝のなかでも際立つものだった。モンツァのトラブルが尾を引くかたちでパワーユニットのローテーションに影響し、ハミルトンほどエンジンを酷使できないコンディションで挑んだ最終戦だったことを考慮に入れると、心の底から沸きあがるニコの満足感は想像に難くない。フリー走行でも予選でもトップスピードは常にハミルトンより2〜3km/h遅れていた。「ストレートで若干パワーを欠いている部分は、コーナーで稼がないといけない」と言いながら週末に臨んで、すばやくセットアップを仕上げ、ドライビングのファインチューンを行った。その結果がコンマ4秒近くの差をつけたポールポジションだった。

「普通ならポールポジションだけで、こんなに興奮はしないよ。でも今日の場合は別。本当に最高のアタックを実現することができた」

 6戦連続のポールポジションのなかでも、ドライバーとマシンが最も美しく一体となった、まったくロスのないアタックだった。

 この3戦で特徴的なのは、Q1とQ2ではハミルトンに先行を許しつつ、Q3で一気にタイムアップしてくるロズベルグのアプローチ。それはきっと「ポケットに隠していた速さを最後の瞬間に取り出してくる」という、チームメイト同士の勝負では知られた戦法とは少し違う。金曜のFP1を走り始めたところから準備を行い、FP2でオプションタイヤを履いたときから整然と組み立てられた、ロズベルグの方法論に基づいたものなのだ。レーススタート時に履くことを考慮して、Q2ではタイヤへの負担を抑えるため、Q3ではタイムの伸びが大きくなる。物理的にも、チームメイトに精神的なダメージを与える意味でも、有効なアプローチだ。

 こんなに冷静に週末を組み立てていけるのは、タイトルの可能性が消えてプレッシャーから解放されたせいかもしれない。予選の戦況が一変したのは、ハミルトンが言うように、シンガポール以降メルセデスがセットアップの仕方を「抜本的に」変更した結果、ロズベルグのドライビングスタイルですばやくバランスを見出せるマシンになったせいかもしれない。理由はともかく、外から見ていて明白なのは、メキシコGP以来ニコ・ロズベルグというドライバーのイメージが大きく変化したことだ。

 エルマノス・ロドリゲス・サーキットでゴールしたあと、私たちが目にしたのは「自分がどう見えるか」ということを気にするような幼さを残した青年の表情ではなく「これが本当の自分だ」と自然に主張するドライバーの、誇りに満ちた顔だった。チームメイトのミスに頼らず実力で勝利したのはスペインGP以来のことだったが、バルセロナの表彰台とメキシコの表彰台では、ニコ・ロズベルグは別人のようだった。きっと本人が言うとおり、努力を重ねて進歩した結果、ポールポジションを獲得するだけでは足りないことを痛いほど経験し、スタートを磨いた。1コーナーに向かってアウト側に位置する1番グリッドから、リスクがもっとも少ない走行ラインも抑えた。

 何よりも大きいのは「ハミルトンとて同じマシンで自分の後ろにつけば、自分以上のことはできない」と、自らに証明できたことだった。乱気流が影響してフロントタイヤが負うダメージは同じ。それなら無理に引き離すより、真後ろに引きつけて支配してみせよう。インテルラゴスのセクター3は横方向にもGがかかるため、DRS圏内に迎えても、ハミルトンのタイヤを傷める策が有効だった。逆にストップ&ゴーのアブダビでは一度もDRSの危機に身をさらすことはしなかった。

 第2スティントでロズベルグの1.3秒後方まで迫ったハミルトンは、31周終了時点でニコがピットインすると、ステイアウトして突破口を探し求めた。しかし11周目に履いたソフトタイヤのまま、1ストップで55周を走り切るのは不可能。チームはストップ回数を違えるハミルトンの提案を却下した。残念なのは、ロズベルグより10周長くステイアウトして残り周回数を14周まで短縮しながら、スーパーソフトを履く賭けが、ハミルトンに浮かばなかったことだ。

 何度も証明されたとおり、メルセデスはふたりのドライバーの作戦を違えない。理由は、“最も速い”作戦はチームによって精密に計算されている上、レース中の戦況に関しては“ドライバー自身よりもチームのほうが正確にライバルの位置やペースを把握できる立場にある”からだ。通常レースの流れによってチームは様々な作戦を駆使するが、フロントロウから順調にスタートすれば“思いがけないマシンに塞がれる”状況もないメルセデスは、他チームの脅威に身をさらすほどのリスキーな作戦は選択肢に入れていない。ハミルトンはロズベルグを抜くことだけを考えていたが、1周1秒以上のペースで間隔を詰めてくるキミ・ライコネンを見れば、ステイアウトするのは41周目までが限界。残り14周、スーパーソフトで攻める選択がチームにもハミルトンにも浮かばなかったのは、金曜のフリー走行でも決勝の第1スティントでも、このタイヤがまったくもたなかったから。フェラーリではライコネンがスーパーソフトのロングランを行っていたし、Q1で敗退したセバスチャン・ベッテルはハミルトンと違ってフレッシュなスーパーソフトを残していた。

 残り14周。12秒前を行くロズベルグを攻略するため、ハミルトンのエンジニアは「1分44秒台の前半」で走ることをドライバーに要請した。しかし44周目に1分44秒517というファステストを記録したハミルトンは、これ以上は無理だと答えた。47周目の時点で、ロズベルグとの間隔は8秒弱。50周前後に間隔が7秒を切ったところで、使用回転域を下げる指示「ストラット(ストラテジー)モード10。従わないなら、ニコがストラット6を使うだけだよ」というメルセデス・チームとしての指令が飛んだ。それでも回転を下げない様子のハミルトンを見て、チームはロズベルグに「ストラット6」を指示。ようやく、ハミルトンも回転を抑えてストラット10にモードを変更した。ここで、ふたりのラップタイムは逆転する。

 ハミルトンとしては、限界に近いチームメイトのパワーユニットを壊れるまで追い詰めたかったのだろう。しかし、追い詰めても前に出るチャンスはなかったし、彼の闘争精神のために、チームがロズベルグのパワーユニットを危機にさらすはずもなかった。

 もしメキシコやブラジルのレースがなければ、チームがドライバーを支配しているメルセデスはつまらないと映ったかもしれない。しかし現実には、微かなアドバンテージを持ちながら、予選とスタートでロズベルグを攻略できなかったハミルトンが自ら敗北した週末だった。そして、そんなふたりの展開を眺めながら、フェラーリはメルセデスとの正確な差を把握した。少なくともアブダビに関するかぎり、3位キミ・ライコネンとロズベルグの差はレース距離で19秒──1年前には、85秒遅れていた。

 燃料消費がシーズンで5番目に大きなサーキット。昨年フェラーリでずっとテールランプを点滅させながら走ったフェルナンド・アロンソは、今年はるかに厳しいアブダビを味わった。マクラーレンにとって、せめてもの救いは52周目に彼が記録した1分44秒796という、ハミルトンとベッテルに次ぐ3番目のベストタイム。結果は望めないと判断したアロンソは、レース終盤の軽いマシンでスーパーソフトを履いた際のパフォーマンスを試そうとチームに提案していた。

 自身の47周終了時点でピットインしたアロンソは、アウトラップを2分20秒という通常より10秒以上遅いペースで走行し、49周目に1分44秒954を記録。そこでエナジーストアはいったん空になったから、その後の50周目は2分04秒台、51周目は2分06秒台と20秒落としたスローペースで2周かけて再度チャージ。その結果が52周目のベストタイムで、2周遅れのアロンソにとって最終ラップとなった53周目には1分54秒台と再び10秒タイムを落としている。こんなに、回生エネルギーが足りないのだ。

 マクラーレンが、失うものはない状態でトライしたのは「エネルギー回生が十分であったら、車体はどんな速さで走れるのか」という確認。3番手のタイムはコーナリング性能を表すもので、バルテリ・ボッタスを抑えて12位でゴールしたジェンソン・バトンの「ずっと燃料セーブで走らなくてはならなかったけれど、おそらく、シーズンベストのレース」という言葉ともリンクする。来年に向けた車体開発の方向を確認するためのレースだったのだ。

 3番手だとタイムだけを見てはしゃぐのも違うし、スーパーソフトのニュータイヤじゃないかとないがしろにするのも間違い。1分45秒を切ったラップタイムを認めつつ、そのために、これほどスローペースで走行しないと1ラップあたり2メガジュールのエネルギーが回収できない現実に目を向けなくてはならない。「セーフティカーが入らないならリタイアしようか?」と提案したアロンソの言葉が、このあとのテストのためのマイレージまで考えていたものであったこと、世界中に放送される覚悟で、彼が背負った言葉であることも理解しなくてはならない。

 ヤス・マリーナに無数の花火が輝いて、満足なシーズンを戦った少数のドライバーと、つらいシーズンが終わったことに安堵する多くのドライバーが、くるくるとランオフエリアで回った──終わってしまったという思いと、やっと終わったという思いを大切に抱えながら、それでも、誰も怪我をしなかったシーズンに感謝する。花の都で日常が残酷に壊された直後、“些細な非日常”に一喜一憂できる世界が、今年はこんなに愛おしい。

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