ベルギーGPの舞台、スパ・フランコルシャンではドライバーたちの個性と野性が浮かび上がる。“楽勝”に見えてしまうほど盤石なルイス・ハミルトンは何をしていたのか。あちこちで見られた鋭いオーバーテイク、そして窮地のロータスで勝利にも値する3位を得たロマン・グロージャン。それぞれのドラマを今宮雅子氏が描く。
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簡単に得られる勝利などないとわかっていても“楽勝”という言葉が頭に浮かんでしまう、ルイス・ハミルトンのベルギーGPだった。
「攻めるよりも、タイヤをうまく使っていくことに集中したレースだった。アウトラップではアタックしなかったし、その後の3〜4周はまったく無理をしなかった──その間にニコ(ロズベルグ)との間隔が詰まったかもしれないけど、気になるようなことは一度もなかった。プッシュする必要も感じなかった」
金曜日からマシンは好調。接戦に見えた予選も……Q3では一気に0.5秒近くチームメイトを引き離した。
ハミルトンとロズベルグ、予選でふたりの差が顕著なのはセクター2。ハミルトンは「これまでずっとウィークポイントだった区間を、Q3の2アタックでは強みに変えることができた」と言う。複数のライン取りが可能な区間で、すべてのコーナーをまとめることができた──これ以上具体的な話はシークレットだとハミルトンが言うと、ロズベルグは「ターン12、13、14」で特に差が大きいと認めた。プーオンの先、ファーニュからスタブローにかけてはドライバーによって走行方法が異なり、最もバリエーションが広がる区間だ。
予選のあとの課題は、今回から新ルールが適用されるスタート。この点に関しても正解を見出したのはハミルトンで、スタートのやり直し=2回のフォーメーションラップにも動じることはなかった。1コーナーの先、抜群の加速を得たセルジオ・ペレスがスリップストリームを生かしてストレートエンドで並んできても、誰かが攻撃してくることは想定内。「イン側のラインでブレーキを遅らせればポジションを守ることはできる。でも、セルジオがフェアなのは良かったね」と余裕の対応であった。
セクター2もスタートもタイヤ管理も、研究と試行錯誤の成果──ベルギーの勝利をあえて“楽勝”と表現するなら、そんな勝ち方を築いたのはエンジニアの努力と、ハミルトン自身の力である。
スタートで出遅れたロズベルグも、1回目のタイヤ交換が終了した時点で2位まで挽回。トップ2に関しては新鮮味のないレースになったが、後方では自らの野性を解放したドライバーたちの戦いが繰り広げられた。4番手グリッド(!)からスタートで2位にポジションを上げたペレス、3位に浮上したダニエル・リカルド、予選のミスを1ストップ作戦で挽回しようとトライしたセバスチャン・ベッテル……その接戦を制したのだから、ロマン・グロージャンにとって2013年アメリカGP以来の表彰台が「勝利の味わい」となるのも当然。
負債を抱えたロータス・チームは様々な制約を受け、差し押さえの危機とも戦わなければならなかった。グロージャン自身にとって、スパは「2012年スタート直後の多重衝突」を思い出させる場所でもある。僅差の予選で4位というシーズンベストを記録しても、ギヤボックス交換のペナルティを背負って9番手グリッドまで後退しなくてはならなかった。
「でも、ポジティブに考えようよ」と、予選後のグロージャンは明るく言った。
「4位から5グリッド降格なら10位以内でスタートできるから、取り戻すことも可能だ。9位から5グリッド降格で14位まで下がってしまうほうが面白くないよ。僕らのマシンには最高速が備わっているし、タイヤに関しては、みんな把握しきれていないはずだ。レースでは、きっといろんなチャンスがある」
第1スティントの8周目にはケメルストレートでバルテリ・ボッタスをパス。第2スティントの18周目にリカルドを仕留めると、ピットからはすかさず「ストラット7、ペレスを攻撃せよ」と指令が飛び……20周目のストレートで任務遂行。3位ベッテルを5秒後方から追い上げる第3スティントは、一気に攻めるのでなく、1周あたり0.3〜0.4秒ずつ間隔を詰める。そのレース管理はチームもドライバーも見事──派手に見えてもタイヤ性能を維持するのが巧い、グロージャンらしい作戦だった。
メルセデスの2台がはるか前方にいるなら、ロータスが目指すべきは3位ベッテルに焦点を絞り、確実に仕留めること。だから、3位表彰台は本当に「勝利の味わい」。みんなの笑顔がうれしくて、マシンを降りると一目散にスタッフのもとへ駆け寄った。
「表彰台に戻ってこれたなんて、本当に最高。とくにスパには特別な思いがあるから──ここで走るたび、僕は2012年スタート直後の事故を思い出す。一丸となって僕を支え続けてくれたみんなのことも……今日のレースでは、水曜日に亡くなった祖父がスタートからゴールまで僕に力を与えてくれた」
メルセデス・パワーユニットの優位性が際立つスパで、12番手からスタートしたダニール・クビアトも大健闘の4位。第1スティントでフェリペ・マッサをかわし、ミディアムを履いた第2スティントはバーチャルセーフティカーの間もステイアウト。27周目にソフトに交換したあとは、キミ・ライコネンやペレスをオーバーテイクするのに成功した。
“パワーがない”と言われるルノーでも、レース中に記録したストレートエンドの速度はクビアトの345km/hがトップ──レッドブルの性能を生かしてコーナーで間隔を詰め、1コーナーの先でDRSの権利を手に入れ、長いストレートではブレーキングの直前までスリップストリームを最大限に利用する。ブレーキロックしても、巧みにコントロールして前に出た権利をコンファーム……スリップストリームでレッドブルのダウンフォースが軽くなれば、そしてクビアトの腕があれば、ルノーのパワーユニットはこんなふうに使うことができるのだ。
そして今回のベストオーバーテイクは、タイヤ交換直後の10周目、フェリペ・ナッセのザウバーをかわしたマックス・フェルスタッペン──高速のブランシモンをアウト側で並走し、縁石上で滑っても、くじけずアクセルを踏み続ける様子には「速度があれば、ダウンフォースでグリップが戻ってくる」信念がにじみ出た。6基目のエンジンを投入したことによる10グリッド降格を受け、18番手グリッドからスタートしただけに、生まれた場所に近い“地元グランプリ”で、8位ゴールは格別。自然の起伏に富んだクラシックコースでは、若い野性がこんなに生きてくる。
週末を通して晴天に恵まれたスパでは、太陽の下にファンの笑顔があふれた。そこに水を差した唯一の要素は、金曜のFP2でロズベルグの右リヤ、そして日曜のレース終盤にベッテルの右リヤに発生したタイヤトラブル。ブランシモンのすぐ手前、300km/hを超えるスピードでバーストを経験したロズベルグはクラッシュこそ免れたものの、原因を特定できない事態には他のドライバーも不安を拭いきれないと語った。オールージュの直後に右リヤを失ったベッテルは「決して受容できないこと」と怒りを露わにしてサーキットをあとにした。
ピレリはロズベルグのケースを「外的な要因」、ベッテルのケースを「走りすぎたことによる摩耗」として一切の責任を否定しているが、日曜深夜に送信されてきたプレスリリースが事態の深刻さを示している。
リリース上、ピレリは「1セットで走行する周回数に上限を設けるべき」という2年前の要請が聞き入れられなかったことを強調している。プライムでの走行はレース周回数の50%、オプションは30%に制限すべきだと提唱し「この条件に照らし合わせれば、スパではミディアムで22周が上限だった」としているが、トラブルの原因究明を進めるか否かという点には触れていない。
ベッテルの怒りは、今回のトラブルだけに起因しているのではない。“言うことを聞かないからだ”と言わんばかりの高圧的なリリースを見れば、ドライバーたちが恒常的に抱えている不安や不満を理解することができる。