歩いてピットに戻ってきたフェルナンド・アロンソは、ガレージに入るまえにピットウォールに立ち寄って手を振り、ティフォシに拍手を送った。一瞬レースを忘れたように、スタンドではチアホンが鳴りドライバーを讃える歓声と拍手が沸き起こる――アロンソのイタリアGPは、こんな切ない形で幕を閉じた。コース上ではダニエル・リカルドのレッドブルがもう1台のフェラーリ、キミ・ライコネンのマシンに迫っていた。
“ここから先のサーキットは、自分たちのマシン特性にもっと適しているはず"――レース後には、メルセデス・パワーユニット勢以外のほとんど全チームがリリースの最後にこう添えた。それくらいモンツァはパワーとスピードの勝負で、フェラーリは誰よりも痛切にそれを実感することになった。マシンのバランスを得られても、単純にスピードが足りない。低ダウンフォース仕様では、前のマシンに近づくと極端にグリップが失われた。
ベルギーGPの覇者リカルドも、楽観してはいなかった。
「スパではダウンフォースをつけるチームとつけないチームに分かれた。僕らの競争力はダウンフォースを削って得たストレート速度によるものだったと思う。でも、ここモンツァでは全員が迷うことなく低ダウンフォースに向かうから、トップスピードに差が出てくるはずだよ」
そんなモンツァだったけれど……ストレートエンドで最高速を記録したのは実はリカルド。362.1km/hは、予選中に記録した345.3km/hより16.8km/hも速い。これはおそらく40周目、ジェンソン・バトンをオーバーテイクする直前に記録したスピードで、リカルドはバトンの後もセルジオ・ペレス、ケビン・マグヌッセンと、メルセデス勢のスリップストリームを活かして終盤のペースを築いていったのだ。それを可能にしたのは、パラボリカで乱気流を受けても前のマシンについていくグリップ力――第1スティントを長めにとった後、ハードを履いた第2スティントは終盤のこの勝負のためにタイヤの力を温存していた。さらに、オーバーテイクのポイントを第1シケインのブレーキングに限定せず、レッドブルが得意なクルヴァグランデで並走し、第2シケインのロッジアでも相手の動きを見て自在にラインを選択し、前に出た。最後の相手、チームメイトのセバスチャン・ベッテルをかわしたのもクルヴァグランデ〜ロッジア。
9位スタートから1周目には12位までポジションを落としたリカルドが第1スティントを長くステイアウトすることによって後半の勝負を目指したのに対して、8位スタートから5位にジャンプしたベッテルの作戦は逆。マグヌッセンの前に出るため、18周目という早いタイヤ交換に踏み切った。結果、マクラーレンをアンダーカットすることには成功したものの、ハードで35周という第2スティントはタイヤに酷で、期待どおりのペースを維持することができなかった。
それでも、高速のモンツァで5-6位は、レッドブルにとって“ダメージを最小限に抑えた"結果。「メルセデスはすべてのサーキットで最強だと思うけど、僕らにとってはシンガポールと鈴鹿が“ベストショット"になる」とリカルド――マシンの性能を活かす基本はしっかり押さえながら、発想が自由。正確なドライビングに基づいて、オーバーテイクの技やレースの創造性は、毎回みんなを驚かせるほど進化を遂げていく……よく見てみると、去年の9連勝でベッテルが築いた豊富な作戦データをリカルドは見事に活かしている。
マシン順に並んだようなグリッドから鮮やかなオーバーテイクがいくつも生まれたのは、ポールポジションのハミルトン、3位スタートのバルテリ・ボッタスがスタートに失敗したからでもある。
ハミルトンはパワーユニットをスタートモードに入れることができないトラブルで加速を得られず、4位に転落した。それでも――スパの一件の後でこの失敗は精神的に大きな負担となったはずだが――焦らずクリーンに挽回したところに強さが表れた。タイヤ交換を終えた時点で首位ロズベルグとの間隔は1.8秒。チームはペースを抑えてタイヤをセーブし終盤に勝負を賭けるようアドバイスしたが、ハミルトンは2周連続でファステストを記録してロズベルグの0.7秒後方に迫った。このプレッシャーが功を奏したのか、直後の29周目にはロズベルグが第1シケインをミス――エスケープロードを通過する感にハミルトンが首位に立って、ふたりの勝負はあっけなく決まった。
「チームの指令を無視したわけじゃない。ただ、ドライバーの方が適切に計算できる場合もある。経験から言って――とりわけ今シーズンは――スティントの最初にアタックすることが必要だと僕は考えた。それによってすべての扉が開くはずだ、と」
ロズベルグにとって、このブレーキングは2回目のミス。FRIC禁止のハンデを挽回してきてはいるものの、低ダウンフォースと最大の減速が組み合わさるモンツァはとくにブレーキが難しい。1ストップ作戦を成功させるため、チームは“フラットスポットを作るより、エスケープに進むほうが賢明"だとアドバイスしていた。
表彰台では、悔しいはず(?)のロズベルグが堂々とイタリア語でスピーチ。それでも一番人気は去年までフェラーリで走ったフェリペ・マッサで、大歓声に包まれた。オーストリア以来ボッタスに圧され気味だったマッサにとって、モンツァの表彰台は絶対に譲れない場所――好スタートからミスもドタバタもなく着実に走って手堅く3位を手に入れた。首位ハミルトンから25秒遅れの3位はシーズン序盤のメルセデスを思い出させるものだが、マッサにとってはウイリアムズ初の表彰台。メルセデスにもっとも接近したレースになった。
スタートでホイールスピン、前のハミルトンをフォローするようなかたちでポジションを落としたボッタスは、ニコ・ヒュルケンベルグ、ライコネン、アロンソ、バトン、マグヌッセン、ベッテルをすべてホームストレートでオーバーテイク。高速コースの得意なウイリアムズだから可能な技だが、ストレートだけでは成就しない――パラボリカの入り口でロック気味になるほどブレーキを遅らせ、上手くイン側にマシンを運び、出口の加速を優先するラインを選択して可能になった“DRSによるオーバーテイク"だった。
チームメイト同士の対決が鮮やかになったイタリアGP。スピード記録はリカルド、ボッタス、ハミルトンの順――滑りやすいモンツァ仕様の勝負には、スピードだけでなく物理的・精神的なグリップが利いている。