新世代マシンによる勢力図のリセット、中東情勢の緊迫化にともなうスケジュールの変更など、F1にとって激動の4カ月が過ぎた。この前半7戦においてサーキットの中心にいたのは、メルセデスの新星、アンドレア・キミ・アントネッリと言って差し支えないだろう。
19歳のイタリアの青年は、第2戦中国GPで自身初のF1ポールポジションと優勝を飾ると、第6戦モナコGPまで5連勝。破竹の快進撃のきっかけとなった上海での優勝は、ジャンカルロ・フィジケラ以来20年ぶり、7人目のイタリア人F1ウイナーの誕生だった。
そして、日本にとっても2026年はF1との関係の節目にあたる一年。1976年のF1世界選手権イン・ジャパンに始まり、日本におけるF1の歴史は50年目を迎えた。しかしながら、対してこの間の表彰式で君が代が轟くことはなく、日本人ドライバーによる最高位は3度の3位にとどまっている。
では、日本人ドライバーを阻む“世界の壁”とは一体何なのだろうか?
