今宮雅子氏によるメキシコGPの焦点。標高2285メートルのアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスは、どんな新規開催地よりも「未知の世界」だった。コース特性とF1の帰還を喜ぶファンの歓声によって、生み出された祝祭を描き出す。

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 今日はニコ・ロズベルグの日だった──表彰台を見上げながら、メルセデスチームの全員が、きっとそう感じていた。“ニコの週末”と言ってもいいかもしれない。すべりやすくトリッキーなコンディションの下、初めてのコースを先につかんだロズベルグは、スムーズなドライビングスタイルを活かし、週末を通してルイス・ハミルトンに先行した。

「全部のセッションで速くて、予選では優れたバランスを見つけることができた。僕のエンジニアたちのおかげで、自信を持って攻めることができた」

「エンジニアのおかげ」という表現は、理系のロズベルグが好調なときの特徴だ。マシンを無理強いすることなく、快適なドライビングで速さを得られるときの彼は強い。

 ただし鈴鹿やオースティンでハミルトンに並ばれ、2コーナーや1コーナーの出口でアウトに押し出されたあとでは、スタートが最大の課題。ハミルトンのようにチームメイトがそこに居ないかのように振る舞うことは、ロズベルグにはできない。

 予選を2位で終えたハミルトンは「ポールポジションはそんなに重要じゃない。ここは1コーナーまでの距離が長いからね」と、チームメイトにプレッシャーを与えた。2台そろって順当なスタートを切っても、スタートラインから900メートル先の1コーナーまでスリップストリームを使えば勢いを得られるはずだと計算していた。

 そんなハミルトンの“誤算”を読んでいたのか、タイトル争いから解放されたことがプラスに働いたのか、ロズベルグは落ち着いていた。標高2285メートル、0.8気圧のアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスでは、スリップストリームの効果は得られない。ロズベルグは難なく1コーナーで首位をキープし、いったんはチームメイトに並ぼうとしたハミルトンも従うしかなかった。

 主導権を握ったロズベルグと、チームメイトを追うチャンピオン。ニコが小さな不安を感じたのは唯一セーフティカー後のリスタートで、ハミルトンにとってはそれが唯一の、逆転のチャンス──しかし同じマシンで同じタイヤを履いているかぎり、リスタートで抜けるチャンスは本当に小さい。ロズベルグは首位を守り、バランスを乱されないために少し間隔を置いたハミルトンは、59周目のターン7でロズベルグがオーバーランしたときにも、隙を突くことはできなかった。

 スタジアムを埋めたファンが、ニコ・コールで勝者を讃える。こんなに盛大な歓声に迎えられるのは、ロズベルグにとって初優勝の上海でも、2014年の母国ドイツでも経験しなかったこと。スペイン語でのメッセージを「サポートをありがとう」と短いひとことにまとめた彼の心には、どんな思いがあふれていただろう──?

 高地に位置するサーキットの薄い空気は、車体にもパワーユニットにもドライビングにもレースにも大きな影響を与える。メキシコGPは、どんな新規開催よりも“未知の世界”だった。通常のサーキットと同じ出力を得るため、燃焼室に十分な酸素を送り込むためには、タービンもコンプレッサーも通常をはるかに超えて働かなくてはならないし、冷却もずっと難しくなる──ホンダが予想以上に苦労した所以でもある。モナコで使えるほどの大きなリヤウイングをつけていてもダウンフォースはモンツァ以下で、グリップしない。最高速も容易にモンツァを超えてしまう。したがってブレーキへの負担も大きくなるが、薄い空気ではブレーキの冷却も難しい。

「このレースにはスペシャルタイヤを用意するべき。僕らは、もっとグリップが必要だ」という言葉に、ハミルトンの悩みが表れた。人並み以上にコーナーの進入速度を活かして速さを築くドライバーにとっては、低グリップとブレーキの課題が最後まで影響した。さらにレースではスリップストリームの効果が得られず、前のロズベルグに近づくと極端にペースが落ちる事実を体感した。

「スタート直後には、スリップストリームの効果をほとんど得ることができなかった。ここでは近づけば近づくほど、まるで磁石のS極同士が反発するみたいに跳ね返されてしまう。ニコがクリーンエアで走る後ろで、僕にはどうすることもできなかった」

 もともとメカニカルグリップが小さなタイヤ/路面において、足りないダウンフォースが乱気流で乱されては打つ手がなかった。

 それでも、2回目のピットストップを指示するチームに対して「理由を訊いていい?」と抵抗したのはチャンピオンの意地。タイヤの摩耗が厳しいため、安全上の理由による作戦変更なのだとチームは説明したが、ドライバーは最後まで走れると感じていた。コース上でのオーバーテイクが不可能だと痛感していたハミルトンにとっては、ロズベルグと異なる作戦を採ることだけが逆転のチャンスだったのだ。セーフティカーの出動によって、いずれにしても2ストップに変更された作戦ではあったけれど。

 土曜の予選より15度以上も路面温度が高くなったコンディションは、本来フェラーリに有利に働くはずだった。しかしサーキットのリズムを大切にするセバスチャン・ベッテルにとって、ここはつかみにくいコース。スタートで出遅れ、直後の1コーナーでダニエル・リカルドと接触して緊急ピットインを余儀なくされたあとは、完全にリズムを失ってしまった。パワーユニットやギヤボックスの交換によってグリッド降格のペナルティを受けたキミ・ライコネンにとっては、もともと失うもののない状態──6番手まで挽回したものの、勝負の相手がまたしてもバルテリ・ボッタスであったことが災いした。

 22周目のターン4、ライコネンの真横に並んだボッタスは、ターン5でイン側のラインを抑え、左からターンインしてきたフェラーリに対しても一切退かない態度を示した。結果、ライコネンの右リヤがボッタスの左フロントと接触。フェラーリはその場でレースを終えたが、ウイリアムズにダメージはなく、ボッタスは順調に走行を続けた。

「ソチのあと、いずれこういうことが起こると思ってた」とライコネン。
「ああいうシケインに入っていく場合には2台のスペースがあるものだけど、今回はなかった。もちろん、僕に退くつもりはない。僕らふたりが、また接触したのは不運だったけど」と、ボッタス。

 レース序盤にミディアムタイヤに交換していたウイリアムズにとって、ベッテルのクラッシュによる52周目のセーフティカーは大きな幸運に働いた。はるかに周回数の少ないミディアムを履いていたレッドブルも1ストップ作戦をあきらめるほかなく、ウイリアムズと一緒にピットイン。さらに彼らは低温では作動しにくいソフトを選んだため、セーフティカー明けのリスタートで思うように加速できないダニール・クビアトを、ボッタスは難なく抜き去った。レッドブルはストレート速度を敗因として強調するが、ソフトタイヤを選択したのはチームの作戦ミス。不運続きだったボッタスは、カナダGP以来の表彰台を実現した。

 オーバーテイクが難しく、ドライバーにとって攻め込めない要素が重なったメキシコGPの内容は、イメージとは裏腹に単調なものだった。それでもゴール後、誰もが「いいレースだった」と感じたのは、満員のスタンドから送られた声援のおかげ。地元の英雄セルジオ・ペレスは難しい1ストップ作戦を敢行し、8位入賞を果たした。

「セーフティカーが出動したときにはニコ(ヒュルケンベルグ)とフェリペ(マッサ)の前に出られるかもしれないとステイアウトしたけれど、それは叶わなかった。みんながタイヤ交換したあと、最後の15周は本当に難しかった。彼らの前で8位を維持できたのは、僕のキャリアでもベストのパフォーマンスだったと思う。地元でこんなに応援される僕は本当に幸運だ」

 スーパーマーケットの駐車場で初めてのカートを経験して以来、F1で走るのは夢だった。大きな声援を受け続け、大役を果たした週末を、ペレスは「一生、忘れない」と言った。そしてペレスに声援を送り続けたファンは──愛すべき“お祭り騒ぎ”でF1の世界に至福の週末をもたらした。

 この国のファンは、本当にF1が大好き。難しいことは何も言わなくとも、レースの楽しみ方を知っている。

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