F1速報モバイルサイトで好評連載中F1うんちく講座。今回オフシーズン計5回の限定コラムとして、虎之介選手、一貴選手、可夢偉選手の元マネージャー有松さんにF1界の気になる裏事情を解説して頂きました!
第1回:ドライバーとチームの契約ってどうなっている?
チームやドライバーによって契約の形態は様々ですが、まずは契約金の額や契約年数といった大まかな項目をチーム側とドライバーマネージメント側の間で口頭でやりとりし、基本合意まで持っていくのが一般的です。スポンサーを持ち込むドライバーの場合は、その額と支払の方法・時期などについての取り決めも行なわれます。
そこから契約書の詳細を詰めていく法務作業に移っていくわけですが、契約書が2~3通に分けて交わされることも少なくないというのは意外と知られていないことかもしれません。
例えば、3通の場合は、ドライビングサービス、テストサービス、プロモーションサービスのそれぞれを別の仕事として契約を結ぶもので、お互い世界中を転戦する身上では、チームの登記国やドライバーの居住地によってはその方が税制上効率的になるケースがあるからです。
契約書に盛り込まれるのは、ドライバーやフィジオ、マネージャーの移動をファーストクラスやビジネスクラスにする・・・といったようなことから、こまかな経費の支払い方法等、翌年以降のオプション条項についてのことまで多岐にわたります。
しかし、どちらかといえば契約書に盛り込まれるのは、「●●●のような不都合なことが起きた時には双方が●●●という見解で合意することにする」といったような条文ですが、ごくごく簡単に言えば、契約書とは「やっちゃいけないことリスト」のようなものなのです。これは表面上は性善説の日本とは違って、オープンに性悪説で動いているヨーロッパならではの文化と言えるでしょう。
たとえば、チームが期日までに一定の成績を挙げていなければチーム側の能力不足とみなしてドライバーがチームから離脱することができる、もしくは逆にドライバーが一定の成績を下回ればチームが自由にドライバーの契約を解除できる、といった「Get Out条項」というものも、存在する場合があります。このあたりはドライバー側とチーム側のどちらが有利な立場で交渉を進めているかによっても変わってきます。
また、シーズン途中で経営者(陣)が変わったケースを想定して、「この契約が新経営者(陣)の下でも両者が有効であるとみなす」といったオーナーチェンジ条項を盛り込んでおけば、ドライバーは法的にシートを失うリスクは少なくなります。
自分のマネージメントするドライバーを守るためにこうした工夫を張り巡らせるのが良い交渉人であり、逆に言えば、どんなチームであってもそのくらいの契約書を交わしておかなければシーズンを通して全戦出場することは、F1では難しいと考えて良いでしょう。
契約書は1通が40ページ程度で、前述の通りこれが3通で1組とする場合、ドライバーがサインをする箇所だけでも8~10箇所、細かな条項に関しての合意であるイニシャルを記入する箇所は100箇所以上に上ります。そうやってようやく完成するのがチームとドライバーの契約です。
そもそも、F1契約の基本理念というのはチームとドライバーが合意し、力を合わせて、相互の利益の為に、ともに働くためのもの。お互いがWin-Winの関係になれるならば、限定的人材社会であるだけに、相互関係持続のため、F1界の人々は物事がスムーズに進むように手伝ってくれるものです。その関係性をつくるためのものが契約書といえるでしょう。
ですから、世間では「F1は契約もあってないようなもの、契約すらカネで買い取られる」などと言われますが、契約を買う買わないというのは、そこに関与するチーム同士の関係性やそれまでの経緯、貸し借り感情、利害関係の変化といった複雑な事情が絡み合っているのを承知のうえで、それでも、あえて変化を望む・・・という性格のもので、実はそう簡単にできることではないのです。
有松義紀(ありまつよしのり)
1990年代から国内外のレース界に関わり、高木虎之介のマネージャーとしてF1界へ。以降、99年のホンダF1参戦プロジェクトに携わった後、高木とともにCART、INDYの世界に身を投じたが、2005年からはトヨタの若手育成プログラムTDPでヨーロッパにおける若手ドライバーやチームとの法務関連業務を担当。中嶋一貴と小林可夢偉をF1にデビューさせ、トヨタがF1から撤退しTMGとの契約が解消されてからも12年まで可夢偉のマネージャーを務めた。国内外のレースで活躍するアンドレア・カルダレッリの発掘・育成も氏の業績のひとつだ。