F1速報モバイルサイトで好評連載中F1うんちく講座。今回オフシーズン計5回の限定コラムとして、虎之介選手、一貴選手、可夢偉選手の元マネージャー有松さんにF1界の気になる裏事情を解説して頂きました!

第5回:新PUで変わったサーキット現場の裏事情

 今年は、これまでのV8+KERSに代わり、完全に新しいV6DI(ガソリン直噴エンジン)とERS-K及びERS-Hで構成される“パワーユニット”を搭載したF1となったのは周知の通りです。

 このパワーユニット導入、具体的に現場ではどんな変化があったのか。先日の日本GPにおいて、かつての同僚たちと話す機会があったので聞いてみました。
 最初に出てきた言葉は「なにより、走らせる側の人間が減ったのがツライね」という言葉でした。コストキャップの一環である1チーム/60名の現場スタッフの上限は以前通りなのですが、このうちPUに携わる人員が増えて、シャシー側の人員が減ったことが、今年のチームスタッフにとって大きな変更となったのです。

 V8+KERS時代に比べて、PUのメンテナンスが飛躍的に複雑化したため、エンジンサプライヤー側のエンジンメカニックや制御スタッフを増やさざるを得ず、その影響でチーム側のシャシー担当スタッフの人数が減り、その負担が増えました。カーフュー(作業禁止時間帯)は以前のままなので、データエンジニアの負担が増え、メカニックのジョブ範囲も増えたのです。特にレースエンジニアは「V8時代でも十分に忙しかったのに、新しいPUになって人は減るし、さらに忙しくなった。本当に食事の時間もロクにない……」とため息をついていました。

 この状況に加えて、新レギュレーションによる新デバイス導入の影響により、シーズン序盤は信頼性不足でセッション走行をキャンセルする車両も少なくありませんでした。走行できてもPU間の性能差があり、2013年までの勢力図が大きく変化することになりました。

 しかもこのPUの使用料金は、実にV8+KERS時代の倍以上。チームによってはエンジンサプライヤーに支払う金額はこれだけではなく、ギヤボックスのインターナルを本家と共用する場合はさらに出費がかさみます。

 そのうえ、ルノーとフェラーリのPUユーザーの場合、信頼性にもパフォーマンスにも難がありました。信頼性やパフォーマンスはともかく、なんらかのパーツが壊れた場合、明らかにPU側の問題を除いて、費用は通常チーム側の負担になります。
こういった出費の状況が、序盤から肉体的にも精神的にも、チーム側、そしてドライバーたちが不満を募らせる結果となりました。ただし、これはメルセデスPUユーザーを除いての話です。

 新PUによる初めてのシーズンをメルセデスAMGが席巻しましたが、その反面、あれほどの蜜月状態に見えたレッドブルとベッテルが決別し、フェラーリはアロンソが離脱し、チーム内で大きな組織変更がありました。さらにはザウバーがチーム設立して初めてのノー・ポイント、マルシャとケーターハムが全戦参戦できなくなってしまい、2014年はHONDA、BMW、TOYOTAの撤退以来の大きな変化のあるシーズンになったのではないでしょうか。

 具体的に、メルセデスPU独走を許した原因はどこにあったのか。かつての同僚たちに聞きました。ルノー・ユーザーのマネジメント要職の人物Aはこう言います。
「準備期間だよね。メルセデスとルノーでは開発期間に約1年のギャップがあったというのが僕の理解だ。特にソフトウェア。僕らはテスト解禁日から手探りの状態で始めたけど、メルセデス勢はすでにV8時代並みの稼働状態だった」
 同じくルノー・ユーザーのエンジニアリングの要職の人物Bは「補機類のレイアウトだね。残念ながら合理的とは言えない。トラブったら『取りあえず一服する?』っていう具合。その時点でバラして交換しようにも、もうその日の走行には間に合わないことが確定するから」と今季の現状を話していました。

 この二人、それぞれルノー・ユーザーとして尊敬に値する戦歴を持っているのですが、来季はメルセデスPUのチーム、そしてもうひとりはWECのP1-Hのチームへと、それぞれヘッドハンティングされてしまった……というより、ルノーPUに辟易してしまったというのが本音のようです。ルノーPUの厳しい状況によって、変化を望んだのは、ベッテルだけではなかったということなのです。

 一方、フェラーリ・ユーザーの技術職の要職の人物Cは「この(フェラーリ)PU自体は、それほど悪いとは思わない。(社内)目標性能は、ちゃんと発揮している。ただ……見込み違いだったと結論づけるのだろうね。エアロパッケージングを優先して、PUのシステムパワーが……」と話していました。その頃、内紛の真っ最中だったことは容易に想像できたので、明確に「これが、あれが」とか、特に「誰が」という話は僕は求めなかったが、要はデザインコンセプトが「エアロで稼ぐ」ため、パワーが犠牲になったようだった。

 実際、GPSトレースでは、フェラーリF14Tは相対的なコーナリングスピードはトップクラスなのだが、いかんせんストレートスピードが伸びなかったとのこと。「それがどういう意味か判るだろ」とは前述のCの言葉です。

 ところで、こういう技術的な話があまりに希望的観測に過ぎたり、社内事情に過ぎたりした場合、ドライバー側から見ると、トークン(メーカーごとに割り振られている開発点数)使用で変更できるとはいえ、いかんせん「エンジンは基本的にデザイン・フリーズでしょ?」ということになります。それもあって、アロンソ・サイドが離脱を決意した一旦になったのだろうとは容易に想像できます。特にV8-KERS時代は、エキゾースト・ブローでもフェラーリは後手に回ってしまいましたからね。

 新PUの導入の影響はドライバーだけでなく、スタッフの移籍にまで影響が及ぶことになったわけですが、来年は今年のような独走はないのではないでしょうか。エンジニアリング面での驚異的なキャッチアップ力(とエンジン・フリーズ・レギュレーションを変更させる政治力)を持つF1ですから、来年(及びシーズン中)にはPU間のパフォーマンス差は縮まり、各チームの「動的価値」が、再びバランスを取り戻すことでしょう。特に、ルノーがマリオ・イリエンと組むのは楽しみですね。

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有松義紀(ありまつよしのり)
 1990年代から国内外のレース界に関わり、高木虎之介のマネージャーとしてF1界へ。以降、99年のホンダF1参戦プロジェクトに携わった後、高木とともにCART、INDYの世界に身を投じたが、2005年からはトヨタの若手育成プログラムTDPでヨーロッパにおける若手ドライバーやチームとの法務関連業務を担当。
 中嶋一貴と小林可夢偉をF1にデビューさせ、トヨタがF1から撤退しTMGとの契約が解消されてからも12年まで可夢偉のマネージャーを務めた。国内外のレースで活躍するアンドレア・カルダレッリの発掘・育成も氏の業績のひとつだ。

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