「壁に軽くこすりました。でも、それがなくても、タイムを更新するのは難しかったかな」

 2014年、最後の予選を終えた可夢偉はそう言って、少し笑って、こう続けた。

「セクター1と2に入ったあたりまでは良かったけど、そのあとはリヤタイヤがズルズルで。ギリギリだけどいってみようと思ったら、案の定、当たってしまった」

 予選Q1で1回目のアタックを終えた可夢偉は、特にハンドリングに問題を抱えていたわけではなかったが、レースエンジニアと相談の末にフロントウイングを立てる決断を下した。ハンドリングに違和感がなかったにもかかわらず、なぜ、あえてフロントウイングのフラップを立てたのか。

「ここはトワイライトレースで、予選も日没が近づく午後5時から始まる。だから、予選がスタートしたあと、どんどん路面温度が下がるから、その路面コンディションの変化を見越してフラップを立てたわけです。でも、結果的に路面コンディションはほとんど変化せず、お釣りがきちゃった」

 ヤス・マリーナ・サーキットは高速コーナーがなく、リヤタイヤに比べて、フロントタイヤに熱が入りにくい。さらにセクター3は直角コーナーが連続し、フロントタイヤのグリップ力がタイムに大きく影響する。しかし、予選でフロントの回頭性を重視すれば、そのぶんリヤタイヤが酷使される。したがって、どちらを取るのかは難しい判断となる。

 可夢偉とレースエンジニアは、フロントのグリップ力を上げるという選択を下した。その判断は予選Q1最後のアタックのセクター2までは、うまく機能していた。セクター2まで自己ベストを更新していた可夢偉は、ヤス・ヴァイスロイ・ホテルの空中回廊を過ぎた先にある左直角コーナーのターン19の出口でリヤがスライドして、壁にヒット。18個のコーナーで築いた貯金をすべて使い果たしただけでなく、壁にヒットしたことで“お釣り”をもらってしまった。結局1回目のアタックよりコンマ1秒のロス。それでも、可夢偉は自ら下した決断を悔やんではいない。

「1回目のアタックを終えて、上とはまだ1秒以上の差があったから、守りに入らず、攻めるしかなかった」

 もしかしたら可夢偉にとって、これがF1で最後になるかもしれない予選。その最終アタックで、可夢偉は攻める気持ちを貫いた。

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