テスト3日目の正午。ピットレーンの出口から200メートルはあっただろうか、コースインしたばかりのレッドブルのマシンが止まった。コクピットを降りたセバスチャン・ベッテルは、懸命にマシンを押してピットレーンにいるメカニックたちのところまで帰還させた。クルーはピットレーンから出ることは許されていないため、1秒でも早くマシンをガレージに戻すためにはそうするしかなかったのだ。
とてもチャンピオンドライバーとチャンピオンチームとは思えない光景。それはまさに今レッドブルが置かれた現状を象徴するかのような光景だった。
この日、11時半になってようやくインストレーションチェックのためにガレージを後にしたレッドブルのマシンは、その途中でコース上に止まった。電気系トラブルによるものだったが、マシン確認を経てわずか30分後にコースに復帰しようとしたことを思えば、軽微な問題だったのだろう。
そもそも、コース上に止まること自体がすなわち深刻なトラブルというわけではない。
「今年はパワーユニットを中心としてクルマの全てが新しいので、テレメトリー上で警告を出すトリガーがかなり低く設定されていて、ちょっとした異常でもあれば念のためにすぐに警告が出るようになっているんです。完全に壊れてしまう前に止めようと。ヘレスからバーレーンに来てもまだコース上に止まるマシンが多いのはそのせいなんです」
フォース・インディアの羽下晃夫プロジェクトリーダーはそう説明する。
だからコース上にストップしたからといって一概にマシンの信頼性が深刻な状況にあるとは言えない。しかしレッドブルの場合は違った。この日はパワーユニットに起因すると思われるこのトラブルの影響でマシンにダメージを負い、僅か半周のインストレーションチェックのみでテストを終えなければならなくなってしまった。
このバーレーン最終週を迎えてから、レッドブルは初日に排気管周辺にオーバーヒートの問題を抱え39周に留まったが、2日目は午後に入ってから走り始めて気温の下がる夕方にロングランをこなすなど進歩が見られた。マクラーレンが驚くほど彼らを軽くしのぐ速さも見せた。しかし3日目は違った。前日に左右のコークボトル部に不格好に突き出していた2本の銀色のチューブが姿を消していたことから、カウル内部に何らかの改良が施されたことは明らかだったが、それが期待通りに機能しなかったのかもしれない。
ルノーのパワーユニットは馬力の面でメルセデスに大きく劣っているとの報道もあるが、ERS(エネルギー回生システム)をフル運用していない段階でそれを論じても意味がない。ルノー勢のピークパワーが低くストレートスピードで30km/hほど劣っていても、トルクや燃費の面で優っていれば総合的には勝てる可能性も充分にある。それが設計哲学というものであり、実際にレッドブルは曲がりくねったセクター2でマクラーレンよりも速いタイムを記録している。
ルノーは、問題はハードウェアではなく、それを運用するためのソフトウェアにあるとしている。
「ハードウェアには問題がないから、ホモロゲーションもこれで取得した。問題はソフトウェアだ。各コンポーネントは単体ではきちんと機能するんだ。しかしそれらを連動させて運用すると問題が発生する。そしてひとつ問題が起きると、そこから派生して問題が連鎖してしまう」(ルネ・タファン)
つまり、散発的に発生する問題を走り込むことでひとつひとつ潰していっているような状況だ。残された時間の少なさを考えると、あまりに途方もないアプローチのようにも思える。
バーレーンからテストに合流したロータスもその問題に悩まされている。周回数こそレッドブルよりも順調に重ねているように見えるが、実際にはケータハムと同じようにエネルギー回生システムの影響によるブレーキ挙動の問題を抱え、「通常の走行ができるような状態ではない。クルマ側はなにもいじれず、テストプログラムは1%くらいしか進んでいない」(小松礼雄エンジニア)という。周回数は重ねていても、その走りの“質”を考えるとテスト進捗はレッドブルと似たようなものかもしれない。
それに加えて、レッドブルの場合は極めて浅い角度にマウントされたラジエターに代表されるように、冷却系パッケージングの課題もある。トロロッソは3日目にしてついにスーパーソフトを履いて1周のタイムアタックを行い1分36秒台のタイムを記録したが、ルノーユーザーはいずれもパワーユニットのソフトウェア熟成に時間を取られてマシン側の熟成が全くと言って良いほど進められないままテスト最終日を迎えてしまっているというのが現実だ。
開幕戦の現場でこうした問題が起きない可能性もあるが、現状のままで臨むのなら、もし仮にそうなったとしてもそれは“偶然”に過ぎない。そして、それに期待することが極めて難しいこともレッドブルをはじめとしたルノーユーザーたちは分かっているはずだ。パワーユニットの熟成不足に加えて、車体側も熟成不足。レッドブルが置かれた現状は、決して生やさしいものではない。