2021年よりWEC世界耐久選手権のLMGTEアマクラスにフル参戦しているDステーション・レーシングは、トヨタGAZOO Racingというマニュファクチャラーのワークスチームを除けば、現在WEC唯一の日本籍チームだ。アストンマーティン・バンテージAMRを駆る星野敏と藤井誠暢は、ここまで度々、光る走りと成績を残してきた。
フル参戦3年目を迎えた2023年シーズン、彼らは序盤3戦をどう戦い、来るシーズン最大のイベント、ル・マン24時間レースに向けてどのような状態で臨むのか。タイヤウォーマー禁止規則や来季以降の展開などと合わせ、ステアリングを握りながらチームのマネージングディレクターも兼務する藤井に話を聞いた。
■飛躍的に上がったWECの“レベル”
参戦初年度はモンツァ、2年目の2022年は地元・富士のレースで表彰台に登る活躍を見せたDステーション・レーシングの777号車。3年目の今季はシルバードライバーに20歳の英国人、キャスパー・スティーブンソンを起用し、新たなトリオで挑んでいる。
開幕戦となったセブリング1000マイルレースでは、序盤に導入されたセーフティカーにより戦略が噛み合わず10位。第2戦ポルティマオ6時間ではエンジントラブルに見舞われるなど、3年目のシーズンは少々厳しい船出となった。BoP(性能調整)についても、序盤2戦では若干、バンテージ対して厳しい部分があったようだ。
「3年目を迎え、WECというレースやその戦い方、大事なポイントといった部分を学び、だいぶ慣れてきました。チームの精度は、すごく高まってきていると思います」と藤井は現在地を説明する。
しかし、そのチームの成長以上に“周囲の環境”がここ2〜3年でも急速に変わってきているようだ。
「いま、WEC自体の価値が上がっていますよね。ハイパーカークラスの参戦状況もそうですし、(2024年に始まる)LMGT3クラスの“椅子取り合戦”も水面下で始まっています。その新しいGTクラスに向けた予行演習といった形で、今年は“プロ・ブロンズ”が7名くらい参戦してきていることなどもあり、クラス全体のレベルが少なからず上がっています。プロも、ファクトリードライバーをそろえてきていますしね」
“プロ・ブロンズ”とは、FIAによるドライバー・カテゴライゼーションではブロンズ=アマチュアとされているものの、実質的な経歴や現在の参戦状況が限りなくプロフェッショナルな専業ドライバーに近く、かつプロ並みの速さを持ち合わせるドライバーを指す。
最低1名のブロンズドライバーの起用が義務付けられているLMGTEアマクラスにとって、ブロンズの速さはチームの成績に直結する。そのブロンズ格のドライバーのレベルが、環境要因もあって急上昇しているというわけだ。
もちろん、Dステーション・レーシングの星野は本業を持つ“真のブロンズ”ドライバー。星野もこの3シーズン、世界の強豪に揉まれるなかで大きな飛躍を果たしており、そこも含め藤井の言う「チームの精度」は上がってきている。第3戦スパ・フランコルシャン6時間レースでは、その一端が見えた。
難しいダンプコンディション、かつ低温下でのスタートに、ウエットタイヤを選択する陣営もあるなか、Dステーションは藤井がスリックでスタート。ライバル勢がスリッピーな路面に苦戦するなか、藤井は序盤のうちにみるみるポジションを上げてトップに立ち、リードを築いたのだ。
結局は競り合いのなかで藤井がペナルティを受けたこと、そしてその後のセーフティカー導入などの展開に恵まれず、9位という最終結果にはなったが、難コンディションのなかでも星野がブロンズドライバー上位のタイムを刻むなど、収穫の多いレースとなった。
「スパは、わりといいレースができたと思います。この3戦、リザルト上では良くは見えないかもしれないですが、3回目のル・マンへ向けた準備という意味では、すごくいい状況にあります」と藤井。
「ル・マン初年度は、完走狙いで行って6位。昨年は無理していたわけではないですが、おそらく初年度よりペースが上がっていたんでしょうね。縁石に乗る量や、疲労によってサスペンションが壊れてしまってリタイアしたので、そういう意味では今年はもう一度初心に戻り、トラブルやミスなく、しっかりとチェッカーを受けたい。それができれば、わりといいところに行けると思います」
着実に走ること。それが上位進出のカギであると考える藤井は、ある意味では現実を直視したアプローチを考えているようだ。
「今のWECのレベルを考えると、ル・マンを本当に勝とうと思ったら、とてつもなく速いアベレージを24時間延々と刻まなくてはならない。現状の我々の実力で、それができるかというと、正直難しいと思います。ですので、まずは自分たちの力をちゃんと把握して、その実力以上を狙うのではなく、実力なりに完走すること。そうしないと、実力以上の結果は得られません。今はそんな風に考えています」